とうとう林間学校の日がやってきた。
せっかくの一緒に行う行事。
今日と運動会しかないのだから、絶好のアピールタイム。
とにかく可愛く見せる努力をすると決めた。
ここから遠い場所なので、朝六時半に公民館へ集合だ。
これから二泊三日を夏希と過ごせるのは幸せで、これが当たり前だったらいいな、と思う。
だが、そう簡単に願いは叶わない。
五時から髪のセットや、クローゼットの下に眠っていた二、三日目の体育着を出す。
三日間全てジャージで行うので、また初めて夏希の違う姿が見られそう。
待ちきれなくて六時十分に到着してしまった。
先に班長と実行委員、先生達が集まっていて、凛は隅で座っていることにした。
渚とも話したかったが、挨拶も出来ないほど話し込んでいた。
しばらくすると、公民館の駐車場に一台の黒い車が止まった。
その中から降りてきたのは…
「夏希…!」
「おはようございます」
朝六時だというのに、爽やかに登校してきた夏希が輝いてみえる。
「おはよう…!早くない?」
「え?凛先輩の方が…」
それはそうだけど……
「凛は楽しみすぎて…夏希も?」
「あ、いや、俺は仕事があるから早めに来て欲しいって遥風先輩が…」
そう言って、夏希は渚を指さす。
「へ?」
渚の顔を見ると、話し中なのにこちらを見てウィンクしている。
「仲良しですね」
多分そういうことではないと思う…。
きっと、渚が二人になれるように仕組んでくれたと思うのだが、バスの席だって前後だし、そんなに張り切らなくても…。
渚が夏希の方に駆け寄り、「ごめん八瀬くん!仕事やっぱなしで。凛と待っててー」とヒラヒラ手を振ってすぐに帰っていく。
「なぎぃいい…!」
照れ隠しで言うと、てへっと舌を出してまた駆け出した。
「…なんか、ものすごく自由気ままな方ですね…。あ、馬鹿にしてませんよ?」
「ふふっ、わかってるよ。ちゃんと覚えてるから」
この言葉に夏希は首を傾げたが、凛が公園で襲われた時に夏希が言ってくれた言葉。
今でも、これからもずっと覚えている。
『渚さんという素敵な親友がいます。』
最初は貶していたと思っていたが、凛の周りの人を、夏希は大切にしてくれる。
そんな所も、好きなんだ。
話し込んでいると、バスが到着した。
三台のバスが並んで公民館に駐車し、その後から続々と別の車が入ってくる。
車の中からは、美香や有咲、遥斗も出てきて、あっという間に賑わった。
夏希も、「また後で」と告げて友達の方へ駆け寄っていく。
渚は話がまだ途中なようで、他の子も親に別れを告げている。
一人になってしまった凛は無意識に夏希の姿を追っていた。
「おーまたせっ!バス乗ろ」
渚がバシンと背中を叩いてバスに乗っていく。
ヒリヒリする背中を抑えながら、「待っててあげたのに」と不貞腐れる。
バスの中から渚がひょこっと顔を出し、悪そうに笑った。
「へへっ、嘘だよ。ほら乗って」
差し出してくれたその手を掴み、バスに乗り込む。
後ろの方へ移動すると夏希が座って窓を見ている。
班ごと座ることになっているから、夏希とその横にもう一人の一年生。
そしてその後ろに凛と渚が座る。
どうやら生活係が席順を決めたようだが、男女別れなければいけないということらしく、この間謝ってきた。
凛自身は、係も同じだしそんなに気にしていなかった。
逆に一番凹んでいたのは渚だったのだろう。
通路側を挟んで隣にいる遥斗を見つめた後に、ため息を吐いてしまっている。
「元気出せっ」
さっきの仕返しに背中を叩いても、そんなに効果はなかったみたい。
渚はふっと優しく笑った。
窓の外を見て母と弟に手を振っていると、前の窓に反射した夏希と目が合ってしまった。
すぐに逸らして手を下げると、夏希も前を向き、バスは出発した。