晴れた日の土曜日。

高校二年生の綾瀬 凛(あやせ りん)は、部活に行かず今日も駅前の広場に向かう。

噴水の前のベンチに腰をかけて、スマホの電源をつける。

『もうすぐ着く』

男からの一件の通知が来ていた。

軽く返事を返して、また違うアプリを開く。

こんなデートは何度目だろう。

高校に入ってから、何人目の男だろう。

数え切れないほど付き合った。

付き合わなくても関係を持った男だっていた。

気を付けていたから、しっかりとしたカラダの関係があるのは数人しか居ないけれど。

本気で恋をしたことがなかった───。


目線を上にあげて自分のまつ毛を見る。

今日はマスカラをつけすぎたかもしれない。

そんなくだらないことを考えていると、目線の先に走ってくる男が居た。

ジーパンに白いTシャツ。ピアスや指輪を付けて髪もきっちりセットしてある。

「お待たせ!遅くなってごめん」

暑い日差しに照らされて少し汗ばんでいる彼に、「大丈夫」と軽く返す。

何番目かの男に貰ったバックにスマホを放り込み、ベンチから立ち上がる。

「行こっか」

得意な作り笑いを作って、また男の顔を赤くさせる。

ベラベラと喋る男とは反対に、広場の噴水は静かに水を流していた。


          ♥

「おはよう綾瀬ちゃんっ」

デートから二日後の朝。

学校の玄関で男が声を掛けてくる。

「おはよー!」

にこりと笑って返すと、男は満足したように靴を履き替える。

「今週末空いてる?」

青い上履きを履いている男は、軽々しく聞いてくる。

青い上履きは三年生の上履き。私は赤色の二年生で、一年生は緑色だ。

つまりこの男は先輩。ただタメ口でいいと言われたからタメ口なだけで、決して親しい訳では無い。

「今週末かー。ごめん、友達とカラオケ行く約束がある!」

「そっかー。じゃあ放課後とかは?」

諦めずにまだ聞いてくる男に呆れる。

「確認しとくね?」

そう話を終わらせてさっさと靴を履き替える。

後ろから「うん、よろしくー」と声が聞こえるけれど無視。

自分から男を誘っといて悪いとは思うが、今回のはハズレ物件だったようだ。

合コンで会った男なんてだいたいそんなもんか、と思いながら階段を上がる。

明日の放課後にでも別れよう。

そう決意して教室へ入る。

校則が緩いこの学校は髪を染めても巻いても化粧をしても、先生は呆れて注意をしなくなる。

金髪に染めてクルクルに巻いたロングヘアの髪の毛を揺らしても、先生は見向きもしない。

そんな面倒臭いなら教師になんかならなければ良かったのに。

頭がいいならどこかの医者にでもなっていれば良かったんだ。

凛には叶えられる夢すら想像出来ないのに。

「おはよ。」

席に座っていた遥風 渚(はるかぜ なぎさ)が声をかけてくれる。

凛が本気で信頼している友達はこの渚ひとりきりだ。

高校に入ってからの友達だが、今ではお互い一番の親友だ。

「おはよう、なぎ。部活どうだった?」

渚はバレーボール部に入っている。

この前の土曜日は、渚が属するバレー部の練習試合だった。

凛も入ろうかと思ったけれど、秒でつまらなそうだと言う結論に至り、その悩みは終わった。

「それがさ、顧問が理不尽に怒るんだよ。
確かにミスは多かったかもしれないけど…」

「うん。」

「後輩も入ったばかりなのに、急に怒られて可哀想。ほんとに嫌だね!」

後輩想いの渚には、自分が言われるよりイライラする言葉だったのだろう。

今も顔にふつふつと怒りが湧いている。

「そろそろ教頭にでも言っちゃえばいいんじゃない?」

「めんどくさい事になりたくないんだよね。でも言わないと後輩が可哀想なんだよ。」

渚は責任感のある部長だ。

後輩をすごく可愛がっていて、後輩達も渚をとても慕っている。

その渚のおかげで、凛も後輩には嫌われずにすんでいる。

「まぁ次の市内の大会で怒られたら言えば?近いんでしょ。」

「そう。だよね。そうする。……それより、あんたは土曜日どうだったの?」

男とのデートは毎回渚に伝えている。

渚は親と違って、凛の気持ちを分かってくれるし、あまり否定することはない。

たまには言うけれど、凛が男と絡むのには理由があるわけだし。

「なんかあんまりいい人じゃなかったよ。明日の放課後にでも振る。」

あの日、ランチを食べてから男が行きたいところへ行った。

普通なら女の子を歩かせないのに、心配もせずに好きなだけ好きなところに行った。

デートしなければ相手が分からないなんて不公平だ。

「ははっ、早いね決断が。優しそうだったけどー?」

「ダメダメ、人は見た目で判断しちゃいけない。水溜まり踏ませようとするし、砂かけてくるし。」

「見た目で判断しちゃいけないって…凛が言う事じゃないでしょう」

苦笑いしながら言う渚を見て、「でもホントだもん。」と言い返す。

それをスルーしてノートをペラペラとめくりながら暇そうにあくびをしている。


「そろそろちゃんと見つけなよ」


急に真剣な顔になった渚に、少しだけ顔が強ばる。

「…わかってる。」

そんなことを言うけれど、まだ無理だ。

本気で恋をしたことがない凛に、そんなことできるわけが無い。

渚の隣の席に座ると、「そう言えば」と顔を向けられた。

「なに?」

「今度夏祭りあるんだけど、行かない?後輩も来るし先輩も来るって。凛が会ったことない人も来るよ」

「んー、なら行こうかなー。」

渚から日程を聞き、スマホのスケジュールを書き換える。

左側にある窓を見ると、校庭の花壇に咲いたひまわりが風に揺れていた。