体育館へ着き、短い間だったが学校で話せたことに大満足してしまった。
「では」
そう言って、夏希は一年生の列に入っていった。
凛も二年生の列に入ろうとすると、後ろからほわほわとした渚が歩いてきた。
「なぎ…?大丈夫?」
ゆらゆらと横に揺れながら、にんまりとした笑顔で歩いている。
その顔はどんなに幸せそうなことか。
きっとさっきの凛もこんな感じで声をかけられても上の空だったのだろう。
気付けば他の子が心配そうに凛を見ていたから。
「遥斗…今日も尊い…一緒に帰ろうって……あぁもう、魂抜けて倒れちゃいそー……」
今にもダウンしてしまいそうな渚の顔の前でパチンっと手を叩く。
「わっ!」
「しっかりしてよ、なぎ!」
渚は頭をブンブンと横に振って正気に戻った。
ただ、口角は上がったままだ。
「遥斗くんかっこいいの分かったけど、全校集会そんなんじゃ困るからね」
渚は校歌の指揮者を頼まれている。
このままでは全校生徒の前で倒れてもおかしくない。
「はぁーやばーしっかりしないと」
両頬をぺちんと両手で叩く渚を見て安心する。
「凛はどうだった?」
「またその話」
「もー。嬉しかったくせに!」
ドンッと背中を叩かれてつい前によろけてしまう。
「ちょっと!」
空手歴五年の渚の平手は流石に辛い。
背中がヒリヒリしている。
「てゆーか!凛話し方変わった?優しくなったというかー…」
「…な、夏希の所為!別にいいでしょ!」
姿勢を正して立ち直す凛を見て、渚はクスクス笑う。
人を笑って…何がそんなに面白いのよ。
すると、渚がコソッと耳打ちしてきた。
「素敵だよね、好きな人ができるって。その喋り方、嫌いじゃないよ」
咄嗟に後ろを振り向くと、片手を口に当ててにっこりと笑った渚が目に入った。
「…だからなぎは嫌いになれないの」
照れくさくて、髪で顔を隠しながら言う。
下ろした長い髪の毛を胸元で掴み、ぐっと手に力を入れると、心が暖かくなる。
凛は、周りの人がこの人達でよかった、と改めて実感していた。
「気を付け。これから始業式を始めます」
司会の言葉の後、校長が前へ出てくる。
「お久しぶりです。夏休み、楽しめましたか?」
そんな挨拶から始まった校長の言葉は、眠気が襲うようなのんびりとした声だった。
「二学期は一二年生合同の林間学校がありますね」
その言葉に、凛は目が覚めるように顔を上げる。
右をちらりと見れば、一年生の生徒の中から身長が飛び出た夏希と、目が合った。
バッと逸らしてからもう一度見ると、夏希はその姿が面白かったのか、口に手を当ててクスクス笑う。
まるで美少女のような笑い方に見とれていると、渚が後ろからつついてくる。
咄嗟に前を向き、校長の話に耳を傾ける。
夏希の優しい目が、笑った顔が忘れられなかった。