「おっはよー!!!マジ久しぶり!」
夏休み終了後、一日目の登校日。
教室に入ると、一ヶ月ぶりのクラスメイトの顔が見える。
渚に声をかけると、すぐに凛の方に駆け寄ってくれた。
「おっひさー!夏休みどうだった?」
「んー…発展って感じ?」
鞄を机に置きながら答えると、机に手を置いた渚が嬉しそうに顔を明るくする。
「マジか!」
「マジ!」
二ヒッと笑って夏休み中のことを話す。
「二回も会ったの!?水族館はセンスありすぎ。しかもプールで二人とか…もっとグイグイ行きなさいよ!」
「無理無理!ていうか一回教頭来たし、」
「にしてもさぁ…」
「でも名前呼びはすごくない?」
「たしかに。凛の『夏希』呼びかぁ…。こりゃ他の女子に叱られますな」
「やめてよ」と昔いじめられた頃を思い出して少しげんなりする。
「まぁ八瀬くん助けに来てくれるしいいでしょ」
まるで自分の事のように渚が言うと、凛は自慢げにフンっと鼻を鳴らす。
「あの背中はかっこよすぎたーっ」
凛にとって今までで一番の夏休みになっただろう。
渚と語り合いながら朝の時間を過ごすのも久しぶりだ。
凛は知らなかったが、渚も遥斗と発展があったようで。
「夏休み、なぎ達も二人で出かけたんだよ。」
「そうだったの!?」
「うん!まぁこれといった出来事はなかったけど、林間学校は同じ班って決めた」
凛と同じことをしていて、やはり親友だなーと実感する。
二人がニコニコとしているうちに、皆が教室から出始める。
今から始業式だから体育館へ移動しなければならない。
廊下へ出て階段を降りた先に、一年とすれ違う。
後輩が先輩を譲ってくれたが、数人だったため「先いいよ」と譲り返すと、一年生が頭を下げながら歩いていく。
最後尾に夏希がいた。
丁度目が合い、二人とも逸らしてしまう。
横から渚が肘でつつき、「話しかけなよ」と言うように目で伝達してくる。
そんなに簡単なものでは無い。
そう言い返そうとして振り返ると、丁度降りてきた遥斗に渚は釘付けだ。
「はっ、遥斗っ!久しぶり」
「お、渚。この前ありがとな、」
「こっちこそ!あ、あの、一緒に移動しない?」
「おーいいよー、行こー」
遥斗は頭に両手をやったまま、渚を前にして歩いていく。
渚も嬉しそうにしているが、親友を置いていくなんて。
全くだな、と思って前を向くと、すぐ近くに夏希が立っていた。
「やせ…!じゃなくて…な、夏希!おはよう、久しぶりっ」
「おはようございます。やっぱり慣れないですね」
夏希が言っているのはきっと名前の事だろう。
凛も勿論名前呼びは違和感があるが、学校でしっかりと会うことにも恥ずかしさがあった。
いつもはプライベートで会っていたから、学校でとなると人目は気にしてしまう。
「一緒に行きましょうか」
夏希が自ら言ってくれたことには驚いたが、助け舟が出た思いで「行こ!」と返事をする。
「課題は終わりましたか?」
歩きながら夏希が尋ねてくる。
誰かの手によって綺麗に磨かれた階段を見つめながら頷く。
「さすがに多いよ。一年生も?」
「はい…少し手こずりました。」
「どのくらいで終わらせたの?」
「えーと…最初の一週間とその後の三日ですかね」
「早!?凛…私三日前だよ」
危うく自分の名前で呼びそうになり、言い直す。
「それもそれで…」
夏希の苦笑する様子を見ると、バレていないと安心する。
体育館へ繋がる通路を歩きはじめると、段々と生徒が集まってくる。
「ところで、なんで自分の名前で呼ぶのやめたんですか?」
その言葉にギクッとして歩く速度が落ちる。
夏希にはなんでもバレてしまうな、と苦笑しながら「バレてた?」と答える。
「私昔から自分のこと凛って呼ぶんだけど、昔気持ち悪いって言われて…。なぎみたいに出来たらいいのに」
渚は自分のことを『なぎ』と呼ぶ。
結構な頻度で『私』とも言うが、普通に自分の好きな呼び方で自分を呼べるのが羨ましい。
「え、凛って呼ぶの可愛いじゃないですか」
「は!?」
不意打ちの可愛いに心をやられる。
「俺も凛って呼んでいいですか?その方が、先輩も自分のこと呼びやすいでしょう」
いきなり急接近してきた夏希に目を見開く。
一体何があったのだろう、と思うほどに積極的だった。
「い、いいけど…」
「じゃあ、凛…先輩……。ふふっ、慣れないです」
照れながら優しく笑う夏希を見上げていると顔が熱くなるのがわかる。
一体いつになったらこの顔の熱が収まる日が来るのだろう。
顔を合わせるだけで赤くなるなんてどうかしている。
恋って凄い、そう思った。
まともな恋をしたことがなかった凛にとって、いつしか夏希は特別な存在になっていった。