夏休みも後半に差し掛かった頃。

八瀬は学校へ登校していた。

周りにも数人の生徒が歩いている。

「補習とかだるいよなぁ」

頭に手を当てながら、男子生徒がだるそうに前を歩いている。

そう、今日は補習の為に学校で呼び出されたのだ。

八瀬は選択授業でプールを選んだのだが、運悪く最初の二回は風邪で寝込んでしまった。

暑い夏にプールに入りたかっただけなのだが、まさか毎時間休む度に補習があるとは思いもしなかった。

水着の入ったバッグを肩にかけ直して、職員室へ向かう。

校舎に沿って咲いているひまわりが、風に揺れていた。

途端、夏休みの前半に綾瀬と出かけたことを思い出す。

「ひまわりの話したっけな…」

空を見上げれば自然に笑みがこぼれてくる。

周りの目を気にして、サッと笑みを消す。

それでも頭の中には、綾瀬が停滞していた。

          ♥

先生から更衣室の鍵を受け取り、プールへ向かう。

サンダルを脱ぐと、太陽に照らされた地面が熱くて急いで陰へ入る。

左側を見ると、男子更衣室の隣の女子更衣室が空いていた。

「誰か来てるのか…」

ひとりで授業を受けるのも躊躇するが、男女混合でプールはやったことがない。

人数が少ないから同時にやってしまおうとしているこの学校の先生は面倒くさがり屋なのだろう。

もしかしたら終わった後なのかもしれないと考えて男子更衣室へ入る。



着替えて外に出ると、丁度女子更衣室から水着を着た女子がでてきた。

「あれ?」

「あや…せ…先輩……?」

「うわー!ちょーひさしぶりー!まぁ数週間だけど!補習!?プール選択したんだ!」

「あ、まぁ、はい。お久しぶりです。えっと……先輩も?」

質問に「まぁね」とドヤ顔で答えている。

「とりあえず、体操してましょうか?」

「あっ、それがさー」



八瀬と綾瀬は二人きりでプールに入り、水泳をしている。

つい数分前。

『水泳の補習担当の先生、熱中症で倒れちゃったらしいよ』

そう、綾瀬に聞かされた。

その先生は救急車で運ばれ、命に別状はないそうだ。

それに、プールを選択した生徒が少なく、夏休みの前半に補習を受けた人もいた為、今日は生憎二人きりということになってしまった。

ほかの先生達も、担当教科の補習があるため、予備の先生はいない。

たまに見に来るとは言っていたらしいが、来る気配はなさそう。

とりあえずお互いが得意な事を教え合うことにした。

八瀬はクロールとバタフライ。

綾瀬は平泳ぎと背泳ぎ。

今日はクロールと平泳ぎだけで良いと言われたから丁度いい。

まず、八瀬がクロールを教える。

その後、綾瀬が平泳ぎを教える。

しっかりとコツを掴んだ二人は、最初よりは断然泳げるようになった。

「ありがとうございました」

「ありがとーござましたぁ!」

お互いに深々と礼をして、更衣室へ戻る。

プールバッグに手をかけた途端に、ドッと疲れが戻ってきたようで、大きいため息をついてしまった。

「…疲れた」


着替え終わって男子更衣室前で待機する。

「一緒に帰ろー!」と先程言われたのだ。

女子更衣室のドアが空いたと思うと、私服の綾瀬が出てきた。

「なんで私服!?」

「いやぁー夏休みくらい私服でもいいと思ってたら全然違ったねー。やっちゃったー」

ケラケラと笑い声を上げて八瀬の前に立つ。

「行こ!」

手を掴まれて、少しドキッとする。

どちらかと言えば遠くで見守られる方だから、女子には耐性がない。

(あれ……?)

手を引っ張る綾瀬の耳を見れば、赤く染まっていた。

クスッと笑い、綾瀬に追いつく。

「そう言えば、夏休み空けたら林間学校ですね」

「あっ!そうじゃん!去年と季節違うから忘れてたよー」

「え?違うんですか?」

「うん。今年は風邪で一クラスが学級閉鎖になっちゃって延長になったの」

これは知らなかった話だ。

もしかしたら水泳の授業を休んだ日に全校集会があったから、その時に言われているのかもしれない。

そういえば中学の頃は一学期に林間学校だった気がしなくもない。

「初めての一、二年の行事だよ!一緒だね!私八瀬くんと同じ班にしてくださいって言っちゃおうかなー」

「えっ」

「ふははっ!じょーだんじょーだん!」

動揺していた八瀬が面白かったのか、綾瀬は明るく笑っている。

まだ濡れている髪の毛の姿が新鮮で、少し見つめてしまう。

「…俺は別に、班一緒でも。」

「え!?いいの!?」

恥ずかしくて小さく頷くと、ピョンっと飛び跳ねて髪の毛の水しぶきが顔にかかる。

「やったー!じゃあセンコーに言っとくね!」

「なれるかわかんないですけどね」

少しだけ、林間学校が楽しみになった。