「あぶなーギリギリセーフ!毎回電車走り込みじゃん!時間もっと見よーね!」
空いている席に朝と同じように座らせようと思ったが、流石にそう上手くは行かず、二人で立つことにした。
ドア側に綾瀬を立たせて、その前で手すりを掴む。
「そうですね…すいません」
「え?なんで謝るのよ。悪いのはあの人たち、じゃなかった?」
八瀬が先程言った言葉を繰り返してにんまりと笑う。
その笑顔がなんとなく心地よかった。
「…ですね。というか、小籠包なぜ食べなかったんですか?」
「え……とそれは…」
「?」
首を傾げてみると、綾瀬が慌てて顔を逸らす。
「ふ、二人で食べたかったから!けど八瀬くん行っちゃうから…今度、二人で来てくれるって約束したからね!!!」
小指を立てて頬を膨らませている綾瀬の耳は真っ赤だ。
バレバレですよ、なんて言えるはずもないが、照れ隠しの為にせっかく立ててくれた小指を断る訳にはいかない。
「はい」
綾瀬の指を八瀬の小指が握り、「約束です」と誓う。
微笑みあっていると、次の駅に到着した。
いきなり人が沢山入ってきて、電車の中は満員になった。
「わっ」
後ろから詰めてきた人に体を押されて、よろけてしまう。
「す、すいません」
「ううん、大丈夫」
綾瀬はそう言いながらも顔をまた逸らしてしまう。
初めての至近距離に二人とも話すことが出来なくなった。
どんどん入ってくる人と電車の揺れにより、綾瀬の方に押されて行く。
「苦しく…ないですか?」
「うん、人多いね…」
「次の駅ですから、」
顔を逸らしたまま会話をして、次の駅まで待つ。
幸い数分ほどで着いてくれた。
人混みを分けながら綾瀬の手を引いてホームへ出る。
「ふぅ…まじ外涼しすぎー!」
伸びをしてリラックスをしている綾瀬に「お疲れ様でした」と声をかける。
「八瀬くんも!じゃあ、行こっか!八景島でしょ?」
もう分かってくれていたことに安心して頷く。
水族館まで歩きながら軽く話して、道端にあったクレープ屋に寄った。
「お腹空いてたからラッキー!あのラーメン全然量なかったよね!?」
「味重視だったんですかね?」
「だる!ラーメンは量多ければいーの!」
「それ、俺に言わないでください」
八瀬はチョコバナナクリームのクレープ、綾瀬がイチゴソースがかかったバナナクリームのクレープを頼んだ。
「お昼奢ってもらっちゃったし、ここはうちが払うねー」
「えっ!だ、大丈夫ですよ!」
「いいって、なんならラーメンより安いし。」
そそくさと財布を取り出してしまった綾瀬にぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いいえ。はいっ、チョコバナナクリーム。あっち空いてるから座って食べよ」
店の前にあるテーブルを挟んで椅子に座る。
オシャレなパラソルもついてて日差しが遮られて気持ちいい。
「うまー!やばっ、なにこれ。もっちもちー!」
どんなものでも美味しく食べてくれる綾瀬が店に来れば、店員さんも大満足だろう。
「ほんとだ。美味しいですね」
「こっち食べる?」
「え?だ、大丈夫ですよ!!」
「えーそっかー。」
あのまま一口貰ったら関節キスになってしまう。
頭の中で考えていたら、綾瀬も同じことを思ったようで。
「……そそそそそっそっか!だよね!そうだよね!あ、違うよ?勘違いしないで!?狙ってないからね!!?」
手をブンブンと振り回して代弁しているせいで余計にわざとに聞こえてしまう。
「ふははっ、わかってますよ」
その必死な姿につい笑ってしまう。
こんなに自然と笑えるのは綾瀬くらいしかいない。
「はぁ……あ、そういえばさ。」
「はい?あっ、先にゴミ捨ててきます。先輩のも貰いますよ、待っててください」
「あぁ、ありがとう」
平然とした顔でゴミを受け取るものの、すぐにゴミ箱の方へ行く。
片手で口元を抑えると、耳まで熱くなる。
「…なんだよ、これ…」
綾瀬の必死な姿を見てかわいいと思ったのは一瞬だ。
そうだ、ほんの一瞬。
それか気のせいだ。
言い聞かせてからゴミを捨ててまた平然とした顔で戻る。
「お待たせしました。で、なんですか?」
「さんきゅー!歩きながら言うよ!」
鞄を持って立ち上がり、また道路沿いを歩き出す。
「八瀬くんってさ、一人称どれなの?」
「え?一人称…」
「僕が基本だけどたまに俺って言うよね?」
「あぁ……」
「なんで?」
「……実は昔、好きな人がいたんです。」
そう、あれは中学の卒業式。
みんなが涙して別れを悲しんでいる中、八瀬はある女の子を呼んだ。
「彼女は、篠原 結愛という名前でした。初恋の人です。」
「八瀬くんの初恋……」
呟いた綾瀬に頷いて、話を続けた。
♥
八瀬が結愛を好きになったのは中学二年の時。
結愛は八瀬の数ある幼馴染の中のひとりだった。
中二のとき、気付いたら好きになっていた。
いつからかも分からない。
ただ好きだということだけは確信していた。
そして卒業式。
結愛に告白することを決めた。
高校が別になることを知った八瀬は、今言わないと後悔するような気がした。
卒業式のあと、皆が写真を撮りあっている中で結愛を呼び出し、教室で言った。
『結愛、俺結愛のことが好きだ。』
♥
「それ…で?どうなったの?」
「彼女いたことないって言ったでしょう。振られましたよ。」
何故か綾瀬は安堵している。
その後すぐに顔を上げて顔に疑問を浮かべた。
「え?それと一人称の何が関係あるの?」
「振られた理由ですよ。」
『結愛、俺結愛のことが好きだ。』
そう言った時、結愛は喜んでくれた。
でも……
『ごめんなさい、気持ちは嬉しいの。夏希の事も、結愛は大好きだよ。でもそういう風に夏希を見たことがないの。そもそも、結愛、一人称が【俺】の人嫌いなの』
「えぇええええ!?それ…だけ!???」
「はい」
中学生なんて単純なんだから、そんなこと言われたら、もう会うはずがなくても自分を変えてしまう。
「それでなんか癖ついちゃって。引きずってるわけではないんですけど。」
「なーんだ。でも私、【俺】って言ってる八瀬くんの方が好きだなー!まぁ、八瀬くんの初恋の結愛、って子は越えられないけどね」
えへへっと笑いながらルンルンで歩いている。
「……俺、別にもう結愛の事引きずってないんで…。今はっ…!綾瀬先輩の方が…頭にあります…」
「…え?」
「いっ、いや!変な意味じゃないです!!でも…俺も、【俺】の方が好きなので、俺にします」
「あはははっ!なんか紛らわしいね!」
「でっ、ですね」
久しぶりにこんなに焦った気がする。
八瀬を見て笑っている綾瀬を見ていると心が暖かくなった。
そのまま歩き続けること数分。
目的地だった水族館に着いた。
チケットを購入して早速中に入ると、館内はエアコンがいい具合に働いていた。
「うわー涼し!なにあれサメの人形!?とろうよ!」
綾瀬は入った瞬間に小さな子供になったよう。
UFOキャッチャーを指して飛び跳ねている。
水族館に来て一番最初はUFOキャッチャーだなんて思いもしなかった。
けれど、好きな事をさせてあげたかったので、優しく頷いた。
「やったねっ!」と綾瀬はガッツポーズをしている。
UFOキャッチャーをやること数分。
「ぜんっぜん取れないじゃないの!」
「取る取らないというか、綾瀬先輩調整が長すぎます。三十秒しかないんですよ?」
「だって大きいの取るのにボタンがふたつしかない!」
「他に何がいるんですか。しかも五分やってまだ五回しか…」
そこまで言えば綾瀬は半泣き状態だ。
「分かりましたよ、俺が取ります」
財布を取り出して小銭を入れる。
同時に楽しそうな音楽が鳴ってボタンが光り始める。
縦のボタン、横のボタン、と、スムーズに操作をして最後に降下ボタンを押す。
アームはガッチリとサメを掴み、そのまま上へ乗せていく。
気付けば出口にはサメの人形があった。
「え……い、一発!?嘘!?八瀬くん上手すぎ!凄いよ!」
「簡単ですよこんなの。それ持ってイルカショー見に行きましょ」
そう言ってそそくさと歩き出すと、「サメショーはない?」と綾瀬が付いてくる。
「ありませんよ」
「えー」
嘆く綾瀬を他所に振り返らずにそのまま話をする。
後ろから綾瀬が着いてきているのは分かるが、どうしても振り返れない。
綾瀬の喜ぶ顔が忘れられなかった。