八瀬 夏希は、知り合ったばかりのひとつ上の先輩とデートをしている。

場所は中華街。

正直八瀬は、綾瀬が苦手だった。

簡単に人の心の中に入り込もうとして、外見でしか判断しない。

そういう人だと思っていた。

けれど今は違う。

感情を表に出すことを得意とする綾瀬は、子供みたいな顔を見せたり、ガッカリした顔をはっきりさせたり。

実際、今は八瀬がキツいことを言ったからか綾瀬はしょげている。

「おっ、美味しいね」

綾瀬が口を開いた。

「はい」

ラーメンを飲み込んで答えると、また俯いてしまった。

(なんかしたっけ…)

自分ではそんなに酷いことは言わなかった気がする。

昔から嫌なことがあればハッキリと言う癖があるから、綾瀬にとってはそれが嫌だったのかもしれない。

「ご馳走様でした」

店を後にして他のお店を見る。

「あっ…」

綾瀬が食べたいと言っていた小籠包のお店の前で立ち止まった。

「…食べたばかりなので帰りにしましょう。」

「あ、うん、そうだよねっ行こっか」

二人で黙々と歩き、暑さから汗が出てきた。

「喉乾きましたね…」

「そうだね、飲み物買う?」

「ちょっと遠いですけど、自販機さっきあったので買いに行ってきます。お茶でいいですか?」

「えっ?一緒に行くよ?」

「大丈夫ですよ、小籠包食べたかったら食べて待っていてください。」

「八瀬くんは…?」

「お腹いっぱいなので」

そう言って立ち去ると、綾瀬はガッカリしたように店の中へ入っていった。

女の子のことは正直よく分からない。

守れと言われたから。支えてと言われたから。ただそれだけだから、女の子の傍にはいてあげる。

他に理由はない。

でも、祭りの夜が八瀬は忘れられなかった。

『名前、素敵だよ。』

あの時の言葉と綾瀬の顔が今でも脳裏に浮かび上がってしまう。

「言われたことないのに…」

歩きながら呟く。

輝いたような笑顔で、自分の名前を褒めてくれた人なんて今まで一人もいなかった。

ただみんな、嘲笑うだけ。

そういう人しかいなかった。

だから、友達を作らなかった。

その分女子にはチヤホヤされて、彼女は作らないけど、守るようにはしていて。

だからこそ男子が腹を立ててくる。

それに女子達も、名前を知ったら「女の子みたいだね」と言ってくる。

言葉や顔には出さなかったけれど、八瀬はそれが気に食わなかった。

調子に乗った女子には「名前変えたら?」と言われ、茶化すように「そんな事言うなよー」と言った男子に「超ごめーーん」と謝る。

だからギャルは嫌いだった。

そんな時に、綾瀬が現れた。


どうせこんな祭りつまらない、バカにされる


そう思っていたのに。

小さな顔が八瀬の顔をのぞきこんできて。

こういう奴もいるんだ、とは思った。

でも……

『ごめん…』

ちゃんと謝れる人がいると知るのは初めてだった。

ましてや『名前、素敵だよ。』だなんて。

一言で舞い上がって、「連絡先交換しないんですか?」って。

まるで自分の方が馬鹿みたいだった。

けれど不思議と、彼女といると気持ちが軽かった。

これがどういう気持ちなのかはわからない。

でも、純粋に二人で一緒にいてみたかった。

だから、「二人で行くと思っていた」と嘘をついて。

行きたい場所を何時間もかけて考えて。

姉にまで聞いた。

「好きな子でも出来たの?」

「そんなんじゃない」

否定しても、心の中では何が何だか分かっていなかった。

綾瀬の存在は、八瀬の運命を変えたんだ。