side 橘峯也《たちばなみねや》



それは、突如かかってきた一本の電話だった


(橘さん。説明にいらして?
私が納得する内容でなければ
咲羅の件、警察に話を持って行くことになるわよ)


脅しとも取れるような一方的な話は咲羅の婆さんからで

病院《うち》の守衛から受けたストーカー被害のことを指していた

(大事な孫に怪我をさせて)

その言葉の意味を真っ直ぐ受け止めても良いのだろうか?

「申し訳ない」

(立川の名前に傷を付ける気なの?)

ほら違うじゃねぇか

「・・・」クソが



ほんの数分前に堂本の会長から立川の母親が咲羅を連れ戻しに来たと聞いたばかり


俺の友人である咲羅の父親は、きっと何も知らされていないだろう


代々続く立川歯科を“今”牛耳っているのは
間違いなく先代の婆さんだ


その婆さんが“警察”と今回の件を盾にとってきた

間違いなく堂本の件も掴んでいて
引き離しにかかる算段だろう


「・・・参った」


とりあえず切れた電話を持ったまま思案する俺を不安そうに見ている加奈子に“参った”話を聞かせる


「咲羅ちゃん、可哀想」


7年前に亡くなった佐倉真大は加奈子の担当で
毎日毎日見舞いに来る咲羅とは顔見知りだった

子供の頃から“美人で気の利く笑顔の可愛い賢い子”

咲羅と関われば皆、そんな風に彼女を褒める

そんな咲羅が17歳で一生分の涙を流したのは随分と前に思うが、まだ7年

歯科医になるためにこの土地を出た時は
もう二度と帰って来るなと釘も刺したのに

婆さんの言いなりの母親は
足繁く咲羅の元へと通い

結局、咲羅は辛い思い出の残るこの街に戻って来てしまった

せめて立川の婆さんの思惑から逃したいと
堂本の会長からマンションを借りて咲羅を自宅に戻さなかったし


このままうちの息子と結婚でもしてくれたら
あの家から解放されると踏んだ

いや・・・うちの息子じゃなくても
立川を超えるような家柄で咲羅を幸せにできるのなら

東白の理事長の息子でも良かったのに

俺の誤算は
翔樹と出会ってしまったこと


相手に不足はないが咲羅の歯科医になる道は間違いなく閉ざされる

反面・・・翔樹なら、立川家の呪縛から咲羅を救い出してくれる

咲羅の幸せを願うなら
出来るだけ立川から離したい
なんなら、縁切りさせたい


もう・・・
誰かのためじゃなくて
自分の幸せを掴んでも良い頃だろ



何も映さない瞳と


今にも消えそうな儚さ


7年前のあの日のまま
時が止まった咲羅を


無条件で笑わせてやれる奴がいるのなら


俺はいくらでも手を貸す



「峯さん」


「ん?」


「鳴ってる」


手に持ったままの携帯電話は
規則的に震えていて慌てて耳に当てた



「もし」

(院長、うちも一緒で良いか)

「すげぇな」もう掴んでるのか

(クッ)

「迎えに来るんだよな?」

(あぁ)

「待ってる」



【堂本理樹】


可愛い息子のためには
持てる力は出し惜しみしねぇらしい


「峯さん?」


「立川の家、行ってくる」


「咲羅ちゃんを救ってあげて」


「あぁ、強力な助っ人が一緒だ」


「健闘を祈ってるね」


「任せとけ」









あの頃


面会時間が終わって


病室を出た咲羅は


必ず階段を使っていた


それは・・・
誰にも見られないように泣くため



そんな咲羅を知っているからこそ


もう十分だろって肩の荷を下ろしてやりたい


失ったものの元へ逝くためだけの毎日を過ごすより

自分の幸せのために生きて欲しい




堂本の迎えが来るまでの間に

更なる助っ人を頼むため


携帯電話の連絡先をスクロールした







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