菫さんの横を通り抜けようとして、彼にそのまま手首を掴まれてしまう。
はっと顔を上げて菫さんを見上げる。
彼の瞳が私を綺麗に映し出していた。
言いようのない嬉しさと気恥ずかしさがこみ上がり、私はふいと視線を逸らした。
どくどくと鼓動が早鐘を打つ。
菫さんの纏う蠱惑的な魔力に取り込まれてしまいそうで、私は必死に彼の手を振り払った。
そして、脱兎の如く綺田家から飛び出したのだった。
後ろは一切振り返らなかった。
その日から、私は誰とも会うことなく実家の自室でじっと膝を抱えていた。
鬱々とした私の様子に家族は首を傾げるばかり。
流石に二十三歳になった娘にとやかく聞くことはないようで、私は存分に一人で落ち込むことが出来た。
そして、地元の夏祭りの日がやって来た。
当然ながら私は遊びに行く気分になれていない。
家族は私を置いて出かけていった。
それがきっと運命の境目だったのだろう。
『ピンポーン』
実家のインターフォンが鳴る。
私は気だるげに寝台から身体を起こし、玄関へと向かった。
ガチャリと扉を開けると、そこには今一番会いたくない人物が立っていた。
「どうして……」
「凛ちゃん、この前はごめんね」
気まずいだろうに、そんな様子を微塵も感じさせない菫さんがそこにいた。
「菫さんが謝るようなことじゃないでしょう?」
今の私はちゃんと笑えているのだろうか。
相変わらず視線を合わせられないまま、髪を耳にかけようとした。
そのとき、菫さんの手が伸びてきて私の手を包み込む。
彼の手が私の頬を、髪を、流れるように撫で、息をのんだ。
「……っ!」
心なしか、菫さんの瞳が切なそうに揺らいでいるように見えた。
いいや、そんなはずがないのだ。
だって、彼は――――。


