「それではみなさま、どうぞよい年末年始をお過ごしください」
アナウンサーの女性の明るい声で番組は締めくくれて、年内最後の放送を終えた。台本通り、なんのトラブルもなく、穏やかな収録だった。
「おつかれさまでーす!」
智香の元気のよい声で一同はスタジオの裏に回る。
「さすがの石崎シェフでしたね」
「またお願いします」
スタッフたちに囲まれながら哲也は頭を下げて綾乃にもお疲れ様と今日もありがとうと声をかけてくれた。
綾乃は笑顔で頭を下げて穏やかに言う。
「お疲れ様でした。控室まで案内するわ」
控室のあるフロア間で向かう途中のエレベーターの中、二人きりになると哲也は言った。
「何か問題があったかな?改善点があれば指摘して欲しい」
綾乃の無口な様子が気になったようだった。失礼な態度を取るつもりはないと思って綾乃は笑顔を見せて言う。
「パーフェクトよ、今回も本当にありがとう。あなたなしには成り立たない企画だったわ」
その言葉に安心したように哲也は微笑んだ。よかった、と言って。
「近々あいている夜は?打ち上げをしよう。新作のメニューも食べて欲しいし、年内なら忘年会もかねて。今年はきみと一緒に仕事できていい一年になったから。」
彼の言葉を素直に聞けなかった綾乃は言葉を濁す。うんとか、そうねなどと言って。
「年内は、厳しいかもしれない。新番組の一部コーナーを担当することになって慌ただしいの。また連絡をするわ」
控室まで彼を案内して綾乃は頭を下げた。あとはADの子が送迎車を手配するからと言って背中を向けて。自分のフロアに戻ってやることがあるから、と。
前回の出演時との綾乃のテンションの差に、何かがあることは哲也も気づいていた。でもそれ以上知ることも、聞くこともできないまま、その日は別れた。
綾乃に新番組の仕事が増えたことは本当だった。そのため年末年始もあまり休む間がなかった。だから哲也からの打ち上げの誘いを断ったのも、自分のなかの気持ちの問題ではなくて、本当にスケジュールとして厳しいところがあったのが事実だった。
とはいえ、心情的に乗り気でなかったのも本当である。
三谷佐和子が恋人という話。たとえ噂レベルだと言われても、一つ一つを細かく注視してみれば納得もいく。同時にとてもお似合いだとも。老舗料亭の跡取りであり、現在は有名イタリアンレストランのオーナーシェフと、国内外で活躍するソプラノ歌手。二人が並んだ姿を想像すれば雑誌か何かのように絵になる。
次の番組の企画案を作成しながら綾乃は一つ大きくため息をついた。
そもそも何かを期待したい気持ちすら間違いだったのだ。所詮仕事でつながっている人間。同じ会社の人間とは違うけれど、いいものを一緒に作り上げようという関係だ。出演して欲しい側と宣伝代わりに出演してもいい側の、言ってしまえばお金でつながっている関係。
そんなことを考えているととたんに虚しさは倍増する。
「よし、やるわ」
一人デスクで綾乃は声を出して気合を入れる。仕事に精を出すのだ。仕事に夢中になっていれば余計なことは考えずに済む。時計を見ると時刻は午後九時半。帰宅できる時間帯ではあったが、このまま作業をしているほうが気楽だった。
デリバリーのピザを頼んで夕食にすることにしよう。
当然、肌をきれいにしたり元気をくれたりするような代物ではない、チェーン店のよくある味付けだったけれど、空腹を満たして仕事を続けるくらいのエネルギーは十分にくれる。
サラミ、ピーマン、玉ねぎ。添付されているペッパーソースを全部かけて、まだチーズが伸びる熱いうちに一切れ取り分ける。
「慣れ親しんだ味だわ」
寂しさをごまかすみたいに綾乃は笑って、ほとんど人のいないオフィスの一角でパソコンを叩きながら、片手でピザを口に運んだ。
アナウンサーの女性の明るい声で番組は締めくくれて、年内最後の放送を終えた。台本通り、なんのトラブルもなく、穏やかな収録だった。
「おつかれさまでーす!」
智香の元気のよい声で一同はスタジオの裏に回る。
「さすがの石崎シェフでしたね」
「またお願いします」
スタッフたちに囲まれながら哲也は頭を下げて綾乃にもお疲れ様と今日もありがとうと声をかけてくれた。
綾乃は笑顔で頭を下げて穏やかに言う。
「お疲れ様でした。控室まで案内するわ」
控室のあるフロア間で向かう途中のエレベーターの中、二人きりになると哲也は言った。
「何か問題があったかな?改善点があれば指摘して欲しい」
綾乃の無口な様子が気になったようだった。失礼な態度を取るつもりはないと思って綾乃は笑顔を見せて言う。
「パーフェクトよ、今回も本当にありがとう。あなたなしには成り立たない企画だったわ」
その言葉に安心したように哲也は微笑んだ。よかった、と言って。
「近々あいている夜は?打ち上げをしよう。新作のメニューも食べて欲しいし、年内なら忘年会もかねて。今年はきみと一緒に仕事できていい一年になったから。」
彼の言葉を素直に聞けなかった綾乃は言葉を濁す。うんとか、そうねなどと言って。
「年内は、厳しいかもしれない。新番組の一部コーナーを担当することになって慌ただしいの。また連絡をするわ」
控室まで彼を案内して綾乃は頭を下げた。あとはADの子が送迎車を手配するからと言って背中を向けて。自分のフロアに戻ってやることがあるから、と。
前回の出演時との綾乃のテンションの差に、何かがあることは哲也も気づいていた。でもそれ以上知ることも、聞くこともできないまま、その日は別れた。
綾乃に新番組の仕事が増えたことは本当だった。そのため年末年始もあまり休む間がなかった。だから哲也からの打ち上げの誘いを断ったのも、自分のなかの気持ちの問題ではなくて、本当にスケジュールとして厳しいところがあったのが事実だった。
とはいえ、心情的に乗り気でなかったのも本当である。
三谷佐和子が恋人という話。たとえ噂レベルだと言われても、一つ一つを細かく注視してみれば納得もいく。同時にとてもお似合いだとも。老舗料亭の跡取りであり、現在は有名イタリアンレストランのオーナーシェフと、国内外で活躍するソプラノ歌手。二人が並んだ姿を想像すれば雑誌か何かのように絵になる。
次の番組の企画案を作成しながら綾乃は一つ大きくため息をついた。
そもそも何かを期待したい気持ちすら間違いだったのだ。所詮仕事でつながっている人間。同じ会社の人間とは違うけれど、いいものを一緒に作り上げようという関係だ。出演して欲しい側と宣伝代わりに出演してもいい側の、言ってしまえばお金でつながっている関係。
そんなことを考えているととたんに虚しさは倍増する。
「よし、やるわ」
一人デスクで綾乃は声を出して気合を入れる。仕事に精を出すのだ。仕事に夢中になっていれば余計なことは考えずに済む。時計を見ると時刻は午後九時半。帰宅できる時間帯ではあったが、このまま作業をしているほうが気楽だった。
デリバリーのピザを頼んで夕食にすることにしよう。
当然、肌をきれいにしたり元気をくれたりするような代物ではない、チェーン店のよくある味付けだったけれど、空腹を満たして仕事を続けるくらいのエネルギーは十分にくれる。
サラミ、ピーマン、玉ねぎ。添付されているペッパーソースを全部かけて、まだチーズが伸びる熱いうちに一切れ取り分ける。
「慣れ親しんだ味だわ」
寂しさをごまかすみたいに綾乃は笑って、ほとんど人のいないオフィスの一角でパソコンを叩きながら、片手でピザを口に運んだ。