「にんにくは切り方で香りの強さが変わるので、ここでは生のにんにくを半分に切って潰して使ってもらうとおいしいです。それからここではケッパーという、イタリア料理でよく使う食材なんですが…」

生放送の瞬間にも石崎シェフの堂々とした手さばきと口調は変わらず、用意したカンペに視線を向けられることないまま生放送は進んだ。

細かいこだわりについては、結局、ほとんどシェフのやり方で紹介してもらうことにした。彼も譲歩したところがあるのだと言うが、綾乃としては8割方こちらが譲歩しているつもりだった。
しかし、簡単にアレンジすることは他の誰かができるかもしれないが、シェフだからこその方法をこの場で披露できるのはアリだ、という考えに綾乃は至ったのだ。

それも彼の食に対する姿勢に尊敬できるところがあったからこそだった。
食べ物はみな命あったものだと、感謝の気持ちをもって残さずに食べれるようにおいしく作ることが料理をつくる人間の使命なのだと。彼は事前のVTR収録時に言った。

いくつもメディアに出演する機会があるはずなのに、決して手を抜かれた感じはなく、濃い内容となった番組に放映中からSNSなどでは好評な様子が伺えた。

「お疲れ様です!すでにネットで話題みたい。今夜はアクアパッツァとカルパッチョで決まりなんて投稿が目立ってるわ。さすが石崎シェフ。」

収録を終えて控室に案内しながら綾乃は哲也にタブレットでその様子を見せながら実況する。

「石崎シェフがイケメンすぎる、ですって!手料理食べたいとか、色々盛り上がってるわよ」

女性からの人気や褒めらることなど慣れてしまっているのか、彼は照れもせず、ただ笑って言った。

「切り身魚と刺身を使う案がよかったんじゃないかな」

哲也の言葉に、綾乃は自分の案を褒められているのかと、なんだか嬉しくも、少しだけ照れくさいような気持ちが込みあげる。

「とにかく本当にありがとう!一時はどうなるかと思ったけれど、料理も全部おいしそうだったし、出演のゲストたちもおいしいの連発だったし、チーププロデューサーも満足していたわ。」

収録を無事に終えてテンションが上がっている綾乃は興奮して一人で話している。
その様子がおかしかったのか哲也が軽く笑うと、おかしい?と綾乃は笑顔で首を傾げた。

「いや、よかった。お役に立てて。こちらとしても店のいい宣伝になるし、ありがたいよ」

テレビの収録後は特に予約がすごいんだ、と彼は笑った。
振り返ってみればほんの一週間前ごろはいがみ合っていたというのに、こうやって笑顔を向けあっているというのが、いい仕事を共有できた何よりの証だった。名刺はすでに互いに交換していたが、もう一度連絡先の確認をしたいような気持ちだった。

「また、イタリアンの企画があるときは、ぜひお願いしたいわ」
「こちらこそ。また一緒に仕事をしよう」

ありがとう、と言って握手をして、一つの仕事を終えた。着替えを終えた哲也を乗せた送迎車を見送ると、達成感とともにわずかな寂しさが綾乃の中にあった。