今日は待ちに待った開演の日。
(楽しみだなー)
鈴菜(りんな)は舞台が始まるを待っていた。
鈴菜が来ているのは、漫画が原作の2.5次元ミュージカルだった。
そのミュージカルの主演を務める、杉谷涼太(すぎたにりょうた)を推していた。
今まで女性絡みのスキャンダルは一切なく、舞台共演者との記念写真をよくSNSにあげていた。
そんな誠実で、人当たりがよさそうなところも推せた。
(このために節約に節約を重ね、舞台が成功するように、そしてなによりもチケットが手に入るように毎日祈っていた甲斐があったなー)
チケットは毎回激戦が繰り広げられており、今回の舞台は奇跡的に1枚だけ当選していた。
と、開演のブザーが鳴った。
(いよいよ始まる!)
鈴菜は姿勢を正し、幕が上がる。

(あー、舞台最高だったー)
鈴菜は大きく伸びをすると、早速スマホを取りだし、SNSのアプリをタップし、今の心境を高速でフリック入力していく。
【もう涼太君の顔が良過ぎて直視出来なかったし、確実に4回は目が合って心臓止まるかと思った】
この投稿は早速いいねされたようだ。
【明日も見れる人羨ましすぎ!フォロワーさん達も楽しんで来て!】
次の投稿もいいねされたのを確認した。
「ふぅ…」
そして一通り言いたいことを呟けると、鈴菜はスマホをしまって歩き出した。
(この後どうしようかな…)
特に予定もない。
が、かといってせっかく観劇するためにめいっぱいオシャレしてきたのに、このまま帰るのも気が引けた。
(どこかブラブラするか)
鈴菜は駅ビルへ向かおうとする。
と、正面から物凄い速度で走ってくる青年がいた。
帽子とマスクにサングラスと顔が全く分からないが、顔が小さくて、細身で背が高いのだけはわかった。
鈴菜と青年がすれ違う。
ピタリと青年の動きが止まる。
どうやら青年の着ていたセーターに、鈴菜のバッグが引っかかったようだ。
「あ…」
(どうしよう…)
「ちっ、ちょっとこっち来てください」
「え!」
鈴菜は言われるがまま、謎の青年に腕を引っ張られる。
どこかで聞き覚えがある声な気がした。
「あ、あの…」
「すみません。走ってください」
やはりこの声は聞いたことある。
マスクをしているから断言は出来ないが、もしかすると声のは…
が、鈴菜は無我夢中で走る。
「はっ、はい…」
「待ってください杉谷さん!」
声が聞こえたので、後ろを振り返るとメモ帳とマイクを片手に追いかけてくる女性がいた。
(え?この人ってマスコミかなにか…?あと今杉谷さんって…)
杉谷なんて中々いない苗字だ。
もしかして、今腕を引っ張られている彼は…
夢中で走っていると、人気の無い通りに入った。
「はぁ…はぁ…」
鈴菜は肩で息をする。
青年の方はマスクをしているにも関わらず、汗1つかいてないようだ。
「すみません、大丈夫ですか?」
青年が優しく声をかけてくる。
「な、なんとか…」
鈴菜は苦笑いを浮かべ返事を返す。
「杉谷さん!もう逃げれませんよ!」
先程の女性が鼻息を荒くしながら、汗をハンカチで拭いている。
「はぁ…もう仕方ないな」
青年はマスクとサングラスを外す。
(う、嘘…やっぱり涼太君だ…)
間近で見る涼太は舞台上よりも、より輝いてみえた。
なんてときめいている間に、どんどん涼太との距離が近づいてきた。
「な、な、な、なんですか!」
鈴菜は1歩下がると、涼太は2歩近づく。
バッグに絡まったセーターの糸がどんどん伸びていく。
もう鈴菜の背中は壁に当たった。
それでも涼太は近づいてくる。
鼻と鼻が当たりそうな距離にまで近づきそして、唇と唇が重なる。
(えっ?えっ?)
「お分かり頂けたでしょうか?マスコミさん。つまりこういうことです」
「なるほど!つまりこの方とお付き合いをしていると」
「ええ、そうです」
「え?お付き合い?」
(付き合ってるってどういうこと?)
鈴菜は頭が真っ白になって、涼太を見つめる。
すると涼太は鈴菜の腰に腕を回してきた。
「今までスキャンダル等が一切なかったのも、付き合ってる人がいたからです」
「ふむふむ。では、お2人はどれくらいお付き合いをさせているのでしょうか?」
マスコミが熱心にメモをとる。
「えー…2年ぐらいですかね」
涼太は困ったようにそっぽを向いた。
「そうでしたか。お相手の方は一般人でしょうか?」
マスコミが鈴菜の方を見る。
「え!あ、はい…普通のOLです」
「ありがとうございます!いい記事がかけそうです!それでは」
マスコミは嵐のように去っていった。
「はぁ…」
涼太はため息混じりに鈴菜に回していた腕を解く。
「あの、付き合ってるって一体…」
鈴菜は困惑を隠せないまま、涼太に問いかける。
「すみません、こんなことに巻き込んでしまって」
「い、いえ私は大丈夫です」
先程されたキスの感覚がまだ消えない。
というか何としてでも永久保存しておきたかった。
「俺一応、俳優をやらせてもらってる杉谷涼太って言います」
「は、はい…よ、よく知っています…」
(嘘、涼太君と話せてるなんて信じられない…)
鈴菜の鼓動はどんどん高鳴る。
「嬉しいな。俺のこと知ってるなんて」
涼太が眩しすぎる笑顔を鈴菜に向ける。
(こんな太陽みたいな笑顔…直視できない!)
鈴菜は思わず顔を逸らす。
「さ、さ、さっきも観劇して来たところです…」
「そうだったんですね!尚更嬉しいです!実はここ最近、やたらとマスコミに追いかけ回されていて、困っていたんです」
「そうなんですね…」
(2.5次元俳優も大変なんだな…)
なんて他人事のように思っていると、
「はい。先輩や同期の中で、俺だけ恋人がいないからってマスコミも必死に追ってきてて…」
「えっ…」
鈴菜を含む全国の夢女子の皆さんが聞いたら、気絶しそうなワードが飛び出てきた。
確かに他の人のことはよく知らないが、思い返してみれば、涼太だけスキャンダルがなかったような気が…。
「俺は結婚願望があるんです。ただ職業柄、恋愛関係のスキャンダルはファンを減らしかねない。だったら若い今のうちに、恋人がいるということをファン皆さんに知ってもらって、活動していきたいんです」
「な、なるほど…」
色々ありすぎてこれは夢なんじゃないかと思えてきた。
「ということで俺の恋人のフリをしてくれませんか?」
「えーーー!!!」
鈴菜の叫び声が空に響いた。