神殺しのクロノスタシスⅣ

「兵隊には食糧が配られるって言ってたから、ナジュ君もらってくると良いよ」

滅多にあったことじゃない、と記憶しているけど。

あの戦場でも、一応、食糧の配給はあった。

魔導師故に、食事をする必要はそれほどなかったのだが。

僕達は度重なる連戦で、常に酷く疲弊している状態だったから。

エネルギーを摂取出来るなら、そうした方が良い。

リリスは僕が魔力を消費していることを心配して、そう言ってくれていたのだ。いつも。

でも。

「いえ…。結構です」

僕は、ほぼ毎回そう言って断ってた記憶がある。

さっきまで、人間の肉片と血をしこたま見せられていたのに。

どんな食糧でも、口に入れる気分ではなかった。

どれほど疲れていても。

おまけに、この血みどろの戦場で配給される食糧が、上質な物であるはずがなく。

そもそも魔導師陣営は、食糧生産にはほぼ全く人力を割いていなかったから。

配られる食糧は、それはもう、食べられたものじゃなかった。

何が入ってるのか、食べてみてもよく分からない、ゴムみたいな味のする缶詰とか。

歯が折れそうなくらい固くて、しかも全く味のない、パサパサに乾いたビスケットとか。

学院長だったら、絶対に食べられないでしょうね。

僕だって、そんなものを食べるくらいなら、何も食べない方がマシだった。

…でも。

「駄目だよ。ちゃんと食べた方が良い」

リリスが毎回、僕を諭すようにそう言うから。

仕方なく、僕はリリスを喜ばせたい一心で。

その不味くて訳分からん食べ物を、味を感じないように食べていた。

凄い不味かったのは覚えている。

あのときなら何とか食べられたけど、今同じものを出されたら、絶対喉を通らないだろうな。

こういうのも全部、僕とリリスの毎度お決まりのやり取りで。

最終的には食べることになるんだから、最初から諦めて食えよ、って今となっては思うけど。

あの頃は全然気づいてなかった。そんな心の余裕がなくて。

それに、リリスは正しかった。

こんな血まみれの戦場において、食糧が配給されるのは、あれで割と幸福なことだったのだ。

まだ上層部は、僕達のことを忘れてないって証だったし。

それに、陣地にいる全員に配給出来るほど食糧は多くなかった。

そんな中、僕とリリスがこの戦場の主戦力だと、皆分かっていたから。

せめてもの食糧を、僕に回してくれていたのだ。

あとはまぁ、僕に倒れられたらリリスが戦えなくなってしまうから。戦力維持の為にも、僕は元気でいてもらわなければならなかったのだ。

そういう事情もある。

で、不味い食事が終わったら、次のお決まり。

「今のうちに休んでおこう。ほら」

配給の、薄汚れた毛布をポンポン、と叩いて。

リリスは、僕に眠るように促した。

これは大変魅力的な誘いだった。

性的な意味じゃなくてさ。僕はその頃、起きてるときはいつも酷い疲労感を感じていたから。

疲れていた。めちゃくちゃ。

戦場にいるときは頭がハイになっているし、気も立っているから、あまり感じないのだけど。

こうして、ちょっと安全な後方に戻ってくると、どっと疲労が襲ってくるのだ。

食べる気がしないのは、この酷い疲労のせいでもある。

そしてこのとき、僕はいつも同じ言葉を返す。

「…リリスも休んだ方が良いですよ」

不死身の魔物と言えど、魔力を消費していることに変わりはないのだから。

でもリリスは、僕が休むよう勧めると、必ずこう言う。

「私は大丈夫だから。ナジュ君はちゃんと休んで」

そして、必ずと言って良いほど、こう付け加えるのだ。

「ほら、膝枕してあげるから」

こんな魅力的な誘いを受けて、「いや寝ません」なんて言える男がいるなら、会ってみたい。