「良い大人が、いつまでもぴえんぴえん言うな」

しかも、良い歳したおっさんが。

愛嬌も糞もない。

「だって!あんなに怒るんだよ?イレースちゃん怒りんぼ!」

「確かにイレースの怒りの沸点は低いが、昨日のは完全にお前が悪いだろ」

「うぐっ…」

だって、シュニィ達が苦労して入手した、『サンクチュアリ』発行の新聞を。

コピーとはいえ、折角送ってくれたものを。

鼻紙代わりにして、挙げ句「やべっ」と思って、証拠隠滅に捨てたんだろ?

やることが、もう幼稚園児のそれ。

「歳を取ると、言動が幼稚化するそうですよ。学院長もおボケになられたんですか?」と、昨日散々イレースにチクチク言われていた。

言われるわ。

貴重な資料をお前、鼻水で汚すなんて…。

シュニィに土下座して謝ってこい。

「だからぁ、後でまたもらいに行ってくるってば…」

「そういう問題じゃねぇだろ」

「うぅ…」

自分が悪いことは分かっているのか、もごもごと口ごもり。

挙げ句、拗ねたようにチョコレートを一粒、口に放り込んでいた。

こんなときでも、チョコレートは欠かさないらしい。

むしろ、「誰も味方してくれなくても、チョコレートだけは私を見捨てないもんね」とか思ってるのかもしれない。

いっそ見捨てられてしまえ。

「あっ。また羽久が、私に失礼なことを考えてる気がする…」

「気のせいだ」

と、喋っていた、

そのとき。

コンコン、と学院長室の扉がノックされた。

「ひょえっ」

シルナは、咄嗟にイレースだと思ったらしく。

慌てて、チョコレートの箱を隠していた。

鬼教官恐怖症か?

「だ、だ、誰…?」

「あの…学院長先生、今、大丈夫でしょうか…?」

扉の影から、姿を見せたのは。

鬼教官イレースではなく。

「え、ユイト君…?」

学生寮で、令月と同室の生徒。

ユイト・ランドルフだった。

ナジュのことやら令月のことやら、何かと部屋割りで迷惑をかけまくっている彼が、こんな朝早くから、何があった?

「どうしたんだ?まだ授業には早いだろう」

「あ、はい…そうなんですけど…。その…」

「?どうした、何があった?」

ユイトは、おずおずと学院長室に入ってきて。

そして。

「実は、さっき…起きたら、ベッド…と言うか、ゴザの上に、令月がいなくて…」

「…」

「代わりに、ゴザの上にこれが…」

と、ユイトは一枚の紙切れを、こちらに差し出した。

そこには、達筆な筆文字で一文。

『探さないでください。』以上。

…家出?

家出の常套句?

「俺が起きたときには、姿がなくて…。いつもなら、スクワットとかしてる時間なのに…」

あいつ、いつもどんな時間を過ごしてんだ。

いや、それより。

「…あの馬鹿…何処に行ったんだ?」

家出か?家出なのか?

そりゃ、家出するような年齢ではあるけども。

しかも。

ユイトに続いて、慌てて学院長室に駆けてきた生徒がいた。

今度は、すぐりと同室のルームメイトだった。

「が、学院長先生!大変です。すぐり君のベッド、じゃなくてゴザの上に、こんなものが…」

彼が持ってきたのは、等身大の人形の雑な白いぬいぐるみ。

顔の部分には、へのへのもへじ。

何故ゴザの上にそれを乗せて、ルームメイトの目を誤魔化せると思ったのか。

用意周到なのかそうじゃないのか、ハッキリしろ。

しかも二人して、ゴザで寝てんの?

ベッド使えって。

「そ、そんな。令月君とすぐり君が…」

「…あいつら…」

二人して…一体、何処に行方を眩ませたんだ?