神殺しのクロノスタシスⅣ

「やっぱり『八千代』も困ってんのかー。俺もだよ」

「だよね…」

深夜、いつものイーニシュフェルト魔導学院見回り隊として、学院の敷地内を巡回しているとき。

『八千歳』と、例の作文の話になった。

何でも、『八千歳』もまだ書けていないらしい。

その気持ちはよく分かる。

僕も、まだ一文字も書けてないから。

「あれって、何書けば良いの?」

「さぁ…。ツキナは、セルフいちご狩りするのが夢、って言ってたけど」

それは良いね、夢があって。

「僕らの夢って何だろう?『八千歳』、何になりたい?何をやってみたい?」
 
「何だろうなー…。昔は、『八千代』を越えることしか考えてなかったけど…。今はどうでも良いからなー」

そっか。

どうでも良くなってくれて、僕は嬉しいよ。

「イーニシュフェルト魔導学院の生徒は、大変だよね」

と、僕はずっと思っていたことを言った。

「大変?何が?」

「何になりたいか、自分が何をしたいのか、自分で考えなきゃならないんでしょ?」

「うん、そーだね」

「そんなの自分で考えるのって、凄く大変だと思わない?」

ましてやそれを、文章に起こして人前で発表するなんて。

大変だよ。

僕には出来ない、そんなこと。

思いもつかないよ。

「まー…。大変だよね、確かに」

「…考えたことなかったもんね、僕らは」

自分の夢や将来を、自分で決めるなんて。

それって凄く…贅沢だよね。

ここに来るまでは、そんなこと絶対有り得なかったから。

今更自分の夢を聞かれても、答えに困るよ。

自分の意志とは関係なく、『アメノミコト』に入って、暗殺者になることを強制され。
 
あそこでは、自分の意志を持つなんて許されなかったもんな。

ひたすら、自分の意志を殺して生きてきた。

駒として生きるに当たって、自分の意志なんか持つ者に価値はなかった。

だからこそ、幼い頃から自我を殺して生きる訓練をしてきたのに…。

今になって、自分がどうしたいのかと聞かれても…。

分かるはずないよね、そんなの。

確かに僕は、自分の意志で『アメノミコト』から抜け出して、イーニシュフェルト魔導学院に来たが。

あれは成り行きの部分もあるし、他に行き先がなかったから。

結局、僕自身の意志で何かを決めたことなんて、ないんだよな。

ましてや、暗殺だけを生業にしてきた僕に、将来なんて…。

…考える資格、あるんだろうか?