神殺しのクロノスタシスⅣ

そのときの音を効果音で表すなら、ドカッ、とかバシッ、とかそんな優しいものじゃなかった。

肉と肉がぶつかり、しかも骨が砕ける、べキャッ、みたいな鈍い音がした。

俺も、シルナも、天音も、目の前で起きたことが信じられなくて、唖然としていた。

…が、令月とすぐりは、何事もなかったかのように、もぐもぐとケーキの残骸を食べていた。

大物だよこいつらは。

いや、そんなことより。

「な…ナジュ!?何やってんだお前!?」

「何って…。ここ六日間に渡る、積年の恨みを晴らしました。今のは天音さんの分です」

え?天音の分?

ってことは、まさか、

「そしてこれが…僕の分です!」

ナジュは倒れたピンクの胸ぐらを掴み、またしても顔面にめり込む一撃を食らわせた。

ベコッ!!って音がした。マジで。

怖ぇよ。

シルナなんか、恐怖のあまりガクブルしてる。

「はー、気が済んだ…。やっぱりストレスは溜めちゃ駄目ですね。なんて晴れやかな気分でしょう」

めちゃくちゃ良い顔してんな。

いや、それよりも。

「な、ナジュさん…!何で…」

天音が、おろおろしながら尋ねた。

「僕は、ずっとこの時を待ってたんですよ」

と、ナジュが答えた。

この時って…。

「このピンク小人の我儘っぷりには、もううんざりだったんです。三日目くらいで、僕の海のように広い心も、堪忍袋の緒が切れてたんですよね」

海のように広い割には、案外早い段階で限界を越えてたんだな。

海って何処の海?それ狭くない?

「あまりに我儘が過ぎるんでね、一発殴らなきゃ気が済まないと思ってたんですが…。天音さんが契約してる間は、無理じゃないですか」

「え、な、何で…?」

「何でって、僕が痺れを切らしてこいつを殴ったら、天音さんまで連帯責任で、意地でも契約から解放しなかったでしょう」

それは…そうだろうな。

天音を巻き込む訳にはいかないから、とっくに堪忍袋の緒が切れていても、今日までは我慢した。

先に、天音の契約を解除させる為に…。

あ、だからさっき、「天音だけでも先に解放してくれ」って頼んだのか。

天音が解放されたら、速攻ぶちのめすつもりで。

そして今、ナジュはずっとやりたかったことを実行した。

「よくもまぁ散々我儘三昧で、天音さんを始め、僕達を振り回してくれましたね。どうですか?『御礼』の味は」

再度、ピンク小人の胸ぐらを掴むナジュ。

…こえぇ…。

イレースもかくやという怖さだぞ。

「別にケーキなんてどうでも良いですけどね…。天音さんに顔面ケーキとか、ふざけてるんですか?馬鹿にしてるんですかね、人間を」

「う…ぐぐ…」

声の出ない小人。

「他人に優しくするつもりなんて欠片もない癖に、自分だけは他人に優しさを求めるなど…笑止千万」

…よく言った。

その通りだ。

「優しさっていうのは、他人に強要するものではない…。それをあなたに鉄拳で教えてあげるのが、僕の『優しさ』ですよ」

そう、全く以てその通り。

…だと、思うけれど。

その理屈が通用するなら…もとより、ここまで拗れたことにはなっていない。