神殺しのクロノスタシスⅣ

オーネラント家を出てから。

「お前馬鹿かよ!?あんな状況で退学届なんか渡したら、速攻で書いて送ってくるに決まってるだろ!」

俺は、待ってましたとばかりにナジュを詰問した。

あれじゃあ、「もうさっさと退学してくれ」と言ってるようなものだ。

今頃エヴェリナは、母親のもとで、退学届に記入してるぞ。

父親は反対してたっぽいが、母親には頭が上がらないみたいだったし。

多分エヴェリナを止めもせず、おろおろ見てるだけだぞ。

エヴェリナを止める者が、誰もいなくなってしまった。

それなのに。

「えぇ。記入してるかもしれませんね」

この詐欺師、飄々として。

「さっきからあなた、僕を詐欺師詐欺師って…。失礼じゃありません?」

「詐欺師だからな!ってか、涼しい顔して言うなよ、お前はエヴェリナを退学させたいのか?」

お前も、イレースと同じ意見か。

するとナジュは、はぁ、と溜め息をついて言った。

「あのですねぇ、皆して頭に血が上っちゃって。少しは落ち着いてくださいよ。あの場にいた、ひ弱な父親と僕以外の全員、頭に血が上ってたんですよ。あれ以上僕達が首突っ込んでヒートアップして、冷静な判断が出来る訳ないでしょう?」

「うっ…」

「おまけに、本人まで出てきちゃって。あんな修羅場に発展したら、もう僕達の声なんか届きませんし、届いたとしても冷静に受け止めることなんて出来ません。余計判断を誤るだけです」

それは…。

…そうかもしれない。

魔導師排斥論者のエヴェリナ母なんか、余計に。

エヴェリナ本人だって、諍いを何とか収めたい一心で、半泣きで出てきたんだし…。

皆して、冷静さを欠いていた。

俺もだけど。

「あの状態で、どうやって説得するんです。無理ですよ。だったら一旦、望むように退学届を渡して、距離を取るしかない。今頃、少しは頭クールになってるでしょ」

ナジュの言い分は、もっともだ。

あんな修羅場状態じゃ、考えるものも考えられない。

「…でも…クールにならずに、勢いのままに、退学届に記入してるかもしれないんだぞ」

「してるかもしれませんね」

「出されたら終わりじゃないか」

「絶対とは言い切れませんが、きっとすぐには出しませんよ」

あ?

「何でそう言えるんだ?」

「彼女が、本当は退学なんかしたくないと思ってたからです」

「…」

…それって…。

「僕達に退学すると言ってたときも、『お母さんの怒りを鎮めるには、こうするしかない』という一心。退学届を受け取ったときなんて、心の中、『嫌だ』でいっぱいでしたから」

…そうか。

そうだよな。ナジュは、読心魔法が使えるから…。

あの修羅場の中で、ナジュはそれぞれの心の中を順繰りに覗きながら。

誰に何を言って何をすれば良いのか、的確に考えながら行動していたのだ。