「今回の趣旨は、恐怖心を煽り、恐怖でその小瓶を満たすこと。ならば、やはり恐怖と言えば拷問、拷問と言えば恐怖ということで、今日は皆さんに、拷問の歴史と概要について特別授業を行います」

黒い服の小人、「恐怖」の小人は、何のことやら、と目をきょろきょろさせていた。

その気持ちは分かるぞ。

いきなり拳骨とビンタを食らった挙げ句、席につかされ。

「これから拷問の授業を行います」なんて言われたら、誰でもそうなる。

正直、今すぐ逃げ出したい気分だ。

しかし、逃げることは出来ない。

イレースの授業は、もう始まってしまったのだから。

「まずは拷問の起源から。これは、遡るのも難しいほど、太古の昔から行われていますね。今でこそ、国際条約で禁止されていますが…」

うん。

「しかしこんな条約や法整備など、私からすれば無意味です」

無意味と、きっぱり言ってしまえるのが凄い。

「例え法で規定しようと、個人間での諍いや、裏社会の界隈では、今でも当たり前のように行われていることです。人を痛めつけ、恐怖と痛みを持って他人を征服する行為は、まさに人間の本能とも言うべき…」

そんな本能は嫌だ。

「その証拠に…シルナ・エインリー学院長」

「ひゃいっ!?」

ご指名を受けたシルナは、裏返った声で返事をしていた。

ギャラリーを指名するイレース。容赦ねぇ。

「あなたがイーニシュフェルトの里の時代に生きていた頃、拷問を耳にしたことや、目にしたことはありますね?」

ありますか?じゃないからな。

ありますね?って断定だからな。

「あ、ありますね…」

そりゃそう答えるしかない。

「具体的には?」

「えっ!?…と、それは…何だろう…。その…皆でよって集って…怒鳴ったり、自白を迫ったり…」

おろおろと、自分の見聞きした拷問…らしきものを語るシルナだが。

イレース先生のお眼鏡には敵わない返答だったらしく。

「そんなショボい拷問は、拷問とは言わないんですよ」

「えっ」

「代わりに、ナジュ・アンブローシア」

「はい」

今度は、ナジュにお鉢が回った。

「あなたが知っている拷問について答えなさい」

「分かりました。僕が見聞きした拷問は、まず暗い牢獄に長時間閉じ込めるというものです」

怖っ。

「最初はまだ正気を保っていますが、段々と時間が経つにつれ、気が狂っていきます」

「具体的には?」

「叫び声をあげ始めます。最初の方は『出してくれ!』とか、『助けてくれ!』とかが多いですが、それでも無視していると、段々言葉にもならない奇声をあげ始めます」

怖っ。

「その後どうなりますか?」

「牢獄から出ようとして、暴れ回ります。頭を壁にぶつけ、爪が剥がれるまで壁を引っ掻き続けます。そのとき舌を噛んで死ぬ人もいますが、舌を噛むくらいじゃなかなか死ねないので、大抵はまだ生きてます」

「最終的には?」

「静かになります。死ぬ訳ではなく、気を違えて、抜け殻のようになります。こうなると、もう外に出そうと、灯りをつけようと、動きません。そのまま死ぬまでボーッとしているか、突然笑い出したり、意味不明なことを喋ったりします」

怖っ。

「成程、よく分かりました。合格です」

何が?

「ありがとうございます!」

何で?

何に感謝した?

恐怖を与えるのが、この授業の目的だけど。

俺とシルナは、既に怖いよ。