神殺しのクロノスタシスⅣ

「その点、賢者の石は、魔導師の傲慢そのものです」

「…」

話が、賢者の石に戻ってきた。

「天から与えられた力で、イーニシュフェルトの里の賢者は、魔導師に都合の良いものを作りました。自分達以外の魔導師を黙らせる為の力。己の立場を固める為の力を」

これには、シルナも何も言わなかった。

多分、認めているのだろう。

確かに賢者の石は、イーニシュフェルトの里の魔導師が、自分達の権威の為に作り出したものだと。

でも、それはシルナの責任じゃない…。

「そんなものを、後生大事に守ることに、何の意味があるのですか」

ミルツは、賢者の石の封印を守るという、珠蓮のアイデンティティに真っ向から対立していた。

「あなたのやっていることは、ただ己の師に命じられるがまま、神を讃えるかのごとく、ガラクタの骨董品を守っているに過ぎません」

「お前、そんな言い方は…!」

さすがに言い過ぎだろう、と俺は口を挟んでしまったが。

「…良いんだ。お前の言うことは間違ってない、ミルツ」

珠蓮は、ミルツの言い分を認めた。

そんな…。

「お前の目から見れば、俺は愚かな人間なんだろう。陳腐な古代遺産を、いつまでも守り続ける憐れな番人なんだろう」

「そうですね。何の生産性もない、誰も救われない、何の役にも立たない、無意味な行為です」

「あぁ。お前の言う通りなのかもしれない」

おい。

お前のやってきたことは、決して無意味なんかじゃ…。

「だが、お前にとって無意味なことでも、俺にとっては、大きな意味のあることなんだ」

…。、

珠蓮…。

「…何がですか?」

「イーニシュフェルトの里の遺産だとか、神聖な魔法道具だとか、そういうことじゃない。例えそれが、空き瓶の蓋だとしても…俺は、俺の恩人である師に『これを後世に伝えてくれ』と、賢者の石の封印を託されたんだ」

「…それが、何だと…」

「何を守るかじゃない。守ることそのものが大事だった。俺にとってはな」

例え、誰の目から見て滑稽なことでも。

何の意味もないことだと思われようとも。

他でもない珠蓮にとっては、大事なことだった。

賢者の石という、傲慢な魔導師の遺産を守ることが。

「そして俺は、自分の価値観を、無意識にお前にも押し付けようとしてしまったんだ」

「…それは…」

初めて。

初めてミルツは、後ろめたそうな顔をして、視線を逸らした。

…一応、罪悪感はあったのか。

己の師匠を騙し、裏切ったことに対する罪悪感は。

そうだよな。

ミルツは、確かに裏切り者なのかもしれないが。

決して、自分の心に嘘はついていない。

それだけ真面目な人間なのだ。