神殺しのクロノスタシスⅣ

成程、得心が行った。

親切なのは、あの家ではなく、この村全体の気質なのだ。

見ず知らず、しかも記憶喪失の怪しげな人物相手でも。

心から心配して、気遣ってくれている。

外に出られるようになったその日、僕はその村の村長のもとに足を運んだ。

村長と言うからには、かなりのお年寄りなんだろう…と思いきや。

まだ中年くらいの男性で、親しみの持てる優しげな村長だった。

僕の話を聞くと、彼は溜め息をついたが。

しかしその溜め息は、うんざりしたものではなく、同情から来る溜め息だった。

「それは気の毒だなぁ…。何処から来たのかも分からんとは…」

「はい…」

「まぁ、恐らく山の上の集落から流れてきたんだろうが…」

皆それ言いますよね。

それしか考えられないからなんだろうけど。

でも僕には、そんな集落にいた記憶は全く…。

「出来れば、山の上まで連れてってやりたいんだが…。生憎、今は時期が悪いんだなぁ」

と、村長は申し訳無さそうに言った。

時期。

現在この村の季節は、冬である。
 
「今山になんか登ったら、雪でどうにもならん。春になったら、また行商しに山の上にも行くんだが…」

とのこと。

行商とかやってるんですね。

あ、成程。今は冬で、物を売りに行こうにも雪で身動きがとれないから。

この季節は村にこもって、じゃあ祭りでもしようか、ってことか。

多分それが、この村の伝統なんだろうな。憶測ですけど。

「春になったら、また物を売りに山の上に行く。そのときついてくるなり、言伝を届けるなりしよう。動けなくて歯痒いだろうが、ともかくこの冬は、ここで過ごすと良い」

「は、はぁ…良いんですか?」

「何、迷い人の一人くらい。それに、行く宛もない、自分の記憶も覚束ない者を、野に放り出すようなことはせんよ」

村長は、人の良い笑顔で言った。

…それはそれは。ご親切なことで。

「祭りのことは聞いたかな?もうすぐこの村で、年に一度の祭りがあるんだ」

「あ、はい…聞きました」

「丁度良い。君も祭りに参加すると良い」

そんな簡単に言っちゃって良いのか?

「僕も参加して良いんですか?この村の人間じゃないのに…」

「なぁに。祭りの日にこの村にいる者は、旅人だろうと流浪人だろうと、誰でも関係ない」

…ふーん。

本当に、何て言うか…開かれた村なんだな。

こんな、いかにも怪しい人物でも、祭りに招待してくれるとは…。

「まぁ、自分の故郷と思って、ゆっくりしていくと良い。君を歓迎しよう」
 
「ありがとうございます」

こうして僕は、村長のお墨付きで、この村に滞在する許可を得たのだった。