神殺しのクロノスタシスⅣ

そして、何をするのかと思ったら。

部屋の外に出て、両親に「いくらなんでも、あんな言い方はないんじゃないか?」と訴えるのではなく。

代わりに、勉強机に向って、学生鞄の中のテキストとノートを取り出した。

おい、まさか。

こんな時間に、まだ勉強を始めるつもりなのか?

時間、今午後11時前ですよ。

俺だったら、もう寝てる時間。

それなのに、俺の意志に反して、この身体は勉強を始めようとしていた。

…偉っ…。

俺の爪の垢を煎じて飲ませてあげたい。

そこまでして頑張らなくても。

それでもこの身体の持ち主は、少しでも勉強をして、少しでも成績を上げ。

少しでも、家族に認められようとしていた。

自分の身体ではないはずなのに、その意志を感じるのだ。

心の中は、相反する二つの気持ちがある。

もうやってられるか、どうせ自分には才能なんてないのだから、とやけっぱちになった気持ちと。

それでも、自分でもやれるんだと言うことを見せつけて、褒めてもらいたい、という気持ち。

この二つが、一つの心の中に共存している。

だから、ゲームなんかして諦めかけても、その後勉強を始める。

でも、気持ちだけではどうにもならなかった。

折角テキストを広げたのに、彼は問題を解けない。

数学の問題ですね。さっき塾でやってた。

授業を受けて、何だか思い出した。

俺の記憶が正しければ、確かこの問題は、あの公式を当て嵌めて解くのだ。

そう、そこ。テキストに書いてある公式。それを使うんですよ。

それなのに俺の身体は、無闇にテキストをぺらぺら捲っていた。

おい、何やってんですか。

何で戻るんだ。さっきのページで良いんですよ。

しかし、この身体の持ち主は、この問題の解き方が分からないらしく。

色んな公式を当ててみては、やっぱり違う、とやり直し。

別のページを開いては、また試みて、失敗している。

自分の身体を自分で動かせないのが、もどかしくて仕方ない。

魔導師専攻の俺でさえ分かるような、数学の問題を解けないとは…。

散々、馬鹿だと馬鹿にされていたが。

本当に馬鹿なんですね。

こう言っちゃ悪いかもしれないけど。

そりゃ馬鹿だって言われますよ。あなた、勉強向いてない。

格ゲー極めた方がマシかもしれない。

成程、この家の兄弟は、両方凡人なんですね。

兄は、たかが水魔法でドヤるような、低レベル魔導師。

弟は弟で、数学の基本問題にさえ躓くような、成績劣等生。

いやぁ、あの親あってこの子あり、って奴ですね。

でもこの世界の価値基準では、いくら低レベルだろうが、魔導師であるだけで優秀だと思われるらしく。

そのせいで、兄の方が遥かに優れていると思われている。

腐っても鯛、ってことなんでしょうね。

鯛だろうがなんだろうが、腐ってたら意味ないと思うんですけど。