神殺しのクロノスタシスⅣ

何で、こんなところに来たのか。

最初は、街に出て、あちこち歩いてみたのだが。

初めて見るもののはずなのに、この身体が覚えているのか、新鮮味はちっとも感じなくて。

さして、この世界がどういう世界なのかを知る、手がかりになるような場所も見つけられなかった。

そうこうしていたら、この身体が記憶している場所に、自然とやって来ていた。

導かれるように、ここに来た。

…勝手に…入って良い、のか?

良いよな?だって…今は叔父夫婦の家に居候中だけど。

もとは、この家に住んでいて…ここが実家な訳だから。

誰かいるだろうか?って、そもそも鍵は開いているだろうか? 

開いてなかったら、ここまで来た甲斐がないが…。

しかし、そこは心配要らなかった。

この身体は、ちゃんと覚えていた。

この家の住人は、わざわざ部屋に鍵をかけるほどマメな人ではない。

ドアノブを回して、そっと扉を開ける。

やっぱり、開いてた。

お邪魔しますと言えば良いのか、ただいまと言えば良いのか。

一応自分の実家だから、お邪魔しますはおかしいか。

じゃあ。

「ただいま…」

と呟いて、部屋に足を踏み入れる。

記憶にはないが、初めて見た気はしなかった。

狭い玄関と廊下には、ゴミの山が積み上がっていた。

端的に言って、とても汚い部屋である。

玄関のたたきには、靴が何足も散乱している。

何人で住んでるんだと、思わず毒づきたくなるが。

一人だ。

俺はそこに靴を脱いで、部屋の中に入った。

部屋の奥から、馬鹿馬鹿しいバラエティ番組の音が聞こえてきた。

音の聞こえるリビングに向かうと、そこは玄関よりも汚かった。

足の踏み場もないほどに、脱ぎ捨てた服や、飲み残したペットボトル、空になったコンビニ弁当のゴミやビニール袋、雑誌の山なんかが散らばっている。

…片付けたい…。

俺だったら、一時間も耐えられないような部屋だ。

しかし、その部屋に住んでいる住人にとっては、どうでも良いことらしく。

ぐちゃぐちゃの部屋の中で、ボロボロのソファに寝そべって、缶ビール片手にテレビを眺めていた。

なんともだらしのない格好で、ビールの空き缶を周囲に転がしている、この女性こそ。

この世界の俺の、本当の母親であるらしい。

見たことも会ったこともない人なのに、分かるのだ。

あぁ、この人が自分の母親なんだって。

「…あ?何、あんた帰ってきたの?」

母親は、自分の息子が帰ってきたのを見て、どうでも良さそうにそう言った。

この母親相手では、感動の対面など望むべくもないな。

「いや…。様子を見に来ただけだよ」

と、俺は答えた。

本当は、もっと言ってやりたいことがあったのだが。

俺の身体が許したのは、たったそれだけの言葉だった。

「ふーん…」

俺がそう言うと、母親はやはりどうでも良さそうに呟いて、缶ビールを呷った。

「どうでも良いけど…あんたも、迷惑なもんよねぇ」

本当にどうでも良いんだ。

って言うかあなた、今、何て言った?

「まだ弟のところに世話んなってんでしょ?さっさと追い出せば良いのにさぁ…」

学校の、あの三人組も相当だったけれど。

この母親も、なかなかに救いようがないぞ。