神殺しのクロノスタシスⅣ

食事を終えて、部屋に戻り。

俺は、夜になるのを待った。

昼間は記憶がぼんやりとして、ほとんど思い出せなかったが。

今は頭の中がだいぶ、はっきりしてきていた。

…俺の名前は、吐月だ。吐月・サーキュラス。

長きに渡る放浪を経て、イーニシュフェルト魔導学院の学院長に会い。

長年の軛から解放され、聖魔騎士団で魔導部隊の大隊長をやっている。

そこまでは、思い出せた。

雪刃のことも、ベルフェゴールのことも覚えている。

でも、それ以上のことは分からない。

何故俺は、知らない名前で呼ばれ、知らない家族のもとで暮らし、知らない学校に通って、しかもいじめられているのか。

よく分からないが、多分ここは、そういう世界なんだろう。

今はそう納得するしかない。

そして、どうやらこの世界には、魔法の概念が浸透していないらしい。

そういう世界は、さして珍しくない。

俺も雪刃との因縁で、様々な次元を巡り、様々な世界に滞在したものだが。

中には、魔法とは全く無縁の世界もあった。

だからこの世界もきっと、魔法の概念がないのだろう。

それにしてもおかしいのは、俺が魔法を使えないことだ。

こればかりは、納得が行かない。

それに、俺は吐月・サーキュラスのはずなのに、別の他人のように扱われている。

しかも俺は、その他人の記憶まで共有しているのだ。

知らないはずの学校やコンビニの地図が分かったり、見覚えのない家で、見覚えのない家族と暮らしているのも。

これもおかしい。

こんなことは、生まれて初めてだ。

今まで色々な世界を回ったけれど、どの世界でも、俺は俺だった。

魔法の概念があろうがなかろうが、俺は魔導師なんだから、魔法は使えたし。

他の名前で呼ばれることも、知らない他人に家族として扱われることも。

記憶にないのに、身体が勝手に覚えているなんてことも、一度もなかった。

これは今までの、異次元の放浪とは違う。

自分の姿をしているのに、他の誰かになったかのようだ。

本当にそうなのか?俺は本当に、俺の知らない他人になってしまったのか?

そう考えれば、魔法が使えないのも納得が行く。

でも、もしそうなら、何でそんなことに?

俺はこの世界に来る前、何をしていた?

何が原因で、こんなことになっている…?

俺は…この身体は…一体、誰なんだ?何者なんだ?

俺は今、自分が自分であると言い切ることが出来ない。

その確証がない。

「…せめて、ベルフェゴールがいてくれたらな…」

俺は、ベッドに横たわりながら、天井を見上げて呟いた。

…こんなに色んな疑問があるのに、相槌一つ打ってくれる人がいないっていうのは、寂しい。

人って言うか…魔物なんだけど…。

…でも、ベルフェゴールに会う前は。

こんな風に、ずっと自問自答だったんたよな。

雪刃は…俺の質問に答えるようなことはしなかったから…。

二千年以上、そうやって一人で自問自答していたのに。

ベルフェゴールと一緒になってからは、一日中、黙っているということはなかった。

朝になったら、ベルフェゴールが顔に激突して、俺を起こしてきたりして…。

体重軽過ぎて、激突されてもさして痛くないんだけど…。

で、俺が起きたら、餌を寄越せと言わんばかりに、血を強請ってきたり…。

それが何て言うか…我儘な猫を飼ってるみたいで、結構可愛いんだけどな…。

常日頃、「俺様は冥界最上位の魔物だ!最強なんだぞ!」とか威張ってるから、可愛いなんて本人には言えないけど…。

…ベルフェゴールがいてくれるのと、いてくれないとのでは、こんなに気分が違うんだな。

安心感が全くないんだから。