神殺しのクロノスタシスⅣ

目を覚ましたときは、ほとんど何も覚えていなかった。

だが、何のかんのされながらも、目を覚ましてから時間が経ち。

俺は、自分が何者であるかを思い出していた。

そして同時に、自分の相棒の名前も。

何でこんなところにいるのか、どうしてこんなところに来ることになったのかは、相変わらず思い出せなかったが。

それでも、自分のことは思い出せた。

だからまずは、自分が落ち着けるように。

心強い相棒の名前を呼んでみたのだ。

「彼」が姿を現してくれれば、俺は、このちぐはぐだらけの状況で、自分のアイデンティティを取り戻せると思った。

彼だけは、俺の名前を呼んでくれるだろうから。

…しかし。

「…」

いつまでたっても、彼が姿を現すことはなかった。

…やっぱり、駄目か。

何となく、覚悟はしていたのだ。

いつもなら、ベルフェゴールは俺が呼ぶまでもなく姿を現し、俺の頭の上や肩の上に乗って、偉そうに威張っている。

とは言っても、如何せん大きさが…手のひらサイズなので、いくら威張っていても、微笑ましい以外の何物でもないのだが。

それなのに、俺がこの不思議な世界に来てからというもの。

ベルフェゴールは、一度も俺の前に現れない。

俺が昼間、憎ったらしい三人組にイビられているのに出てこなかったから。

何となく…覚悟はしていたんだけど。

俺が理不尽に痛めつけられているのを見たら、間違いなくベルフェゴールは黙っていないはずだ。

それなのに、彼は出てこなかった。

ということは、彼は出てこないのではなく…出てこられないのだ。

それに、俺はこの世界に来てから…ベルフェゴールの気配を感じない。

彼は俺の身体の奥底、血と魂によって契約している仲だ。

だから、普段は常に、身体の奥にベルフェゴールの存在を感じていた。

それなのに今、俺の中にベルフェゴールの存在を感じない。

その部分だけ、ぽっかりと抜け落ちているのだ。

まるで、穴を開けられたみたいに。

ベルフェゴールがいた部分だけ、アイスピックで抉り出したように…。

だから俺は今、こんなにも身体の奥が空虚なのだ。

あるはずべきものが、そこにないから。

その事実に、とてつもない虚無感を感じる。

…そして。

「…雪刃(ゆきば)、か?」

俺は、その呪わしい名前を口にした。

俺の、魂の一部には。

かつて俺を支配し、脅迫し、人を殺すことを強要していた、あの悪魔のような魔物。

雪刃の残り香のようなものが、未だに残っている。

だから、ベルフェゴールとの血の盟約が薄れている今。

雪刃が、ここぞとばかりに俺の身体を取り戻さんとしているのでは…と。

そんな恐ろしいことを考えたのだが。

俺が名前を呼んでも、何も、誰も、姿どころか気配すら感じなかった。

かつて身体の奥底に潜んでいた、禍々しい雪刃の気配も感じない。

…じゃあ、そういうことではないのだ。

ベルフェゴールも、雪刃も…今、俺の中にはいないのだ。

…だとしたら、これは相当不味い状況だ。