神殺しのクロノスタシスⅣ

駅構内は、相変わらず、人人人で。

電光掲示板を見ても、全便運転見合わせ中の文字から動かない。

「シルナ、潰されるなよ」

「うぐぐ…。人に酔いそう…」

ヘーゼルを連れてこなくて良かった。

大の男二人でも、人に押し潰されそうだよ。

中には、さっきのおじさんみたいに、怒声や罵声も飛び交っていて。

もう、この中阿鼻叫喚。

それでも、シルナとはぐれないよう、何とか改札入り口近くまで辿り着いた。

何人か、無意識に突き飛ばしてしまったかもしれない。ごめん。

でも、俺とシルナも、負けず劣らず突き飛ばされてるから、イーブンだな。

戦場か?ここは。

とにかく、駅員の姿が見えた。

気の毒な駅員は、拡声器を手に、必死に叫んでいた。

「落ち着いてください」とか、「現在復旧作業中です」とか。

しかし、この群衆じゃあ、拡声器の声なんて、あっという間に掻き消されてしまっている。

それどころか、群衆に質問攻めにされて、たじたじになっている。

この状況じゃ、駅員を責めたくなるのは分かるが。

別に、駅員さんが悪い訳じゃないよなぁ?

怒りのぶつけ先がないから、駅員さんが槍玉に上がっちゃってるだけで。

って、皆も頭では分かってるんだろうが、どうしても他に八つ当たりする先がないから、駅員さんを的にしちゃうんだよな。

ますます、駅員さんが気の毒だ。

更に。

これから俺とシルナも、その気の毒な駅員さんを質問攻めにすることになるのだ。

本当ごめんな。

「ちょっと、あの済みません」

シルナが、もみくちゃにされつつある駅員さんに、声をかけた。

すると駅員さんは、困り果てたような、切羽詰まったような顔で答えた。

「申し訳ありません。現在、復旧の目処が立っておりませんので、今しばらくお待ちを…」

「え?あ、そうじゃなくて」

運転再開を急かす苦情だと思い込んでいたようで、駅員さんは条件反射のように言ったが。

そうじゃない。

急かしてるんじゃなくて、俺達はただ、事情を知りたいだけなのだ。

…ならば、奥の手を使うのみ。

俺は、上着の内ポケットに手を伸ばそうとしたが。

その前に、俺と同じことを考えていたシルナが、先にこう言った。

「私達は、聖魔騎士団魔導部隊の者です。この騒ぎを聞いて、王都セレーナから駆けつけてきました」

「えっ」

シルナの、このまさかの言葉に。

さすがの駅員さんもびっくり。

当然だ。ただの乗客だと思っていた者が、いきなり聖魔騎士団魔導部隊の名を出すのだから。

「せ、聖魔騎士団…の、方ですか?」

戸惑いながら聞き返す駅員さん。

「はい」

「え、えぇと…失礼ですが、身分証明書を見せてもらえますか?」

「あ、うん…。ん?」

シルナは、ごそごそと自分の上着のポケットを探っていたが。

…。

顔を青くして、こちらを振り向いた。

「…チョコ持ってくるのに夢中で、聖魔騎士団の証明書忘れちゃった」

「…馬鹿過ぎるだろ…」

常に持ち歩いてるもんだろうが。この馬鹿。

「でも、あの、エンブレムはつけてるよほら。聖魔騎士団のエンブレム」

と、シルナは上着の襟につけた、聖魔騎士団魔導部隊のエンブレムを見せたものの。

「…」

無言で、この渋い顔。

残念ながら、エンブレムだけでは証明にならないのだ。

聖魔騎士団のエンブレムは、よくレプリカが作られては、市場に出回ってるからな。

何なら、聖魔騎士団に憧れる子供向けに、玩具のエンブレム付きのお菓子が販売されている始末。

中には、本当に精巧に作られているレプリカもあって、このエンブレムが本物なのか、レプリカなのか、区別がつかないほど。

シルナは聖魔騎士団の人間なので、間違いなく本物のエンブレムなのだが。

そんなこと、事情を知らない駅員さんには、知ったことではない。

偽物のエンブレムをつけた、ただのコスプレおっさんにしか見えていないだろう。

実際、聖魔騎士の証明書を持ってなかったら、本当にただのおっさんだもんな。