アラベスクって知ってるだろうか。

片足で立って、もう片方の足を地面に水平に、更に両手も足の高さで水平にピッと伸ばし、バランスを取るポーズ。

を、やっているのだが。

片足で立つのが覚束ないらしく、やじろべえみたいにぐらぐらしてる。

…バレエか?バレエにでも目覚めたのか?

その割には、トウシューズどころか、バレエシューズすら履いてないし。

何ならレオタードも着てない上に、ここ、天井低いからバレエのレッスンには全く向いてないのだが。

…マジで何がしたいんだ?

うん、考えるな俺。ベリクリーデが何をしたいかなんて、考えて理解出来たことはない。

だから考える代わりに、本人に聞いてみることにした。

「なぁ、ベリクリーデ」

「うぬぬ…。Y字バランス〜…」

やっぱり何やってんの?

足、全然上がってないぞ。身体硬いなお前。

って言うか、慣れない奴がいきなりそんなことをしたら、

と、思った瞬間。

案の定。

「あっ」

「!馬鹿!」

バランスを崩したベリクリーデが、前のめりにこてん、と倒れそうになったところを。

俺は慌てて駆け寄り、何とか床に倒れる前に、ベリクリーデの身体を抱き留めた。

あっぶな。

「何をやってんだ、お前は!」

「ふぅ…。何とかバランス取れた。倒れるところだったー」

いや、倒れてたよお前。

俺が受け止めたから、顔面ダイブせずに済んだってだけで。

「マジで何がしたいんだ…」 

常日頃、妙なことに目覚めては、妙なことを始めるベリクリーデだが。

今日は一体、何がやりたいんだ?

「え?新体操」

「…」

返事をもらったのは良いのだが、返答に困ってしまった。

…新体操?

…何故?

するとベリクリーデは、何を思ったか、

「あ、ジュリス新体操知らないんだね?新体操っていうのはね、こうして床でポーズ取ったり…」

「いや、新体操は知ってるよ」

何年生きてると思ってんだよ。

知識でお前に負けるようなことがあったら、俺は恥ずかしさのあまり切腹するわ。

それよりも。

「何で新体操なんか始めたんだよ?」

別に、新体操そのものは良いけどさ。

何でまたいきなり、そんな取り組みを始めたんだ…と思ったら。

「これ読んだから」

と、ベリクリーデはサッ、と一冊の本を取り出した。

その本のタイトルは、勿論、

『猿でも分かる!初めての新体操』

…。

…猿は、新体操はせんだろ。

つーか、またその本か。そのシリーズか。この野郎毎回毎回、ベリクリーデに余計な知恵をつけやがって。

出版社に文句言ってやろうか。無駄だとは思うけど。

「お前な。そのシリーズ買うなって言っただろ。何で買ってきたんだよ」

「だって、前ジュリスが言ってたから」

「何をだよ?」

俺は、このシリーズを買うなと言ったはずだぞ?

そもそも、お前はもう本を読むのをやめろ、と。

周囲と俺への被害が、もう半端じゃないんだよ。

「『戦闘時には、柔軟な思考が必要だ』って」

「それは…」

…言ったけど。

でも、それと新体操と、何の関係があるんだ?

「そしたらね、本屋さんに行ったら、この本の売り場に、店員さんのポップが貼ってあって」

「…」

「『これ一冊で、今日からあなたも柔軟に☆』って書いてあったから。この本に書いてあることを実践したら、私も柔軟になれるんだと思って、買った」

「…」

…はぁぁぁぁぁ…。

と、俺は心の中で深々と溜め息をついた。

成程ね、うん。理解したよ。お前が何で、いきなり新体操を始めたのか。

その理由は理解した。

でも、そうじゃない。

俺が言いたいのは、思考を柔軟にしろということであって。

物理的に、肉体を柔軟にしろとは言ってない。

いや、柔軟な身体も、戦闘時には必要なのかもしれないが。

でもそういうことじゃないから。

お前の、その「俺の言ったことを素直に実践する」という、その心意気は高く買うが。

でもお前のやることって、大概ズレてるんだよ。

もうどうやってツッコミを入れたら良いのか、俺には分からん。

誰か代わりに、ベリクリーデに教えてやってくれないか?