「助けて…!」

私は、ひたすらに走っていた。

逃げなくてはならない。
頭が、そう警告している。
しかし、何から逃げているのかは分からない…ただ、身体の芯から込み上げてくる恐怖に、逃げるという選択しかなかった。

早く逃げなくては…追い着かれる前に、安全な所へ。


「…あっ!」

恐怖ですくんでいたのか、私は足をもつれさせ、豪快に転んでしまった。

ストッキングか破れ、血がにじみ出る。
痛みと恐怖で、立ち上がることができない。

それでも逃げようと、必死にもがくが、一度倒れた身体は、思うように動いてくれない。


コッ、コッ、コッ…

恐怖の対象は靴を鳴らし、まるで獲物が足掻くのを楽しむかの様に、ゆっくりと近付いてくる。


コッ、コッ…カッ

目の前で足を止める。

暗闇で見えないが、確かにそこにいる。

私は、目の前の闇から目を放すことができなかった。

…。

……。

…………。

もう、どれくらい経っただろう。
一時間か、それとも二時間か、もしかしたら十秒程度なのかもしれない。
時間の感覚が狂う程、辺りは静寂に包まれていた。


その時、相手が一歩前へ出た。
月明りに照らされ、初めて相手の顔が晒される。

短髪の男性。
年は私と同じ二十代だろうか。


私はこの顔を知っている…。


そう思った瞬間、バチンという衝撃が、後頭部に当たり、私は意識を失った。