お父さんは夜遅くまで帰ってこなくなり、お母さんはお父さんの前では泣き、俺の前では怒鳴る。

そんな毎日。

小学三年生にもなれば、それが異様だということは感じ取れるもので。

…いつも、心苦しかった。



「…お父さん、見て、読書感想文で入選したよ!」

「……」


「お母さん、なにか手伝うことある?」

「……」



いつからかわからない。

俺が一方的に話しかけて、空気のように扱われる毎日が続くようになった。

そのうち両親は離婚して、お母さん側につくことになった俺。

今までの仕事だけでは生活費が足りなくて、水商売にまで手を出したお母さん。

話しかけても返事がないとはわかっていて、それでも話しかける毎日。


そんな俺を、お母さんが久しぶりに見てくれて、口を開いてくれて、嬉しかった。

言葉を、聞くまでは。



「紫杏なんか…、あんたなんか、生まれてこなければ良かったのよ‼︎」

「………おかあ、さん…」



そう言われた日。

お母さんは、帰ってこなかった。

…捨てられたんだって理解するのに、二日はかかった。


深い深い、傷を負った。

大きな喪失感と、諦めと、捨てられることに対しての恐怖心。

愛情なんてもらったことなんかないし、優しさも、人の温もりも、俺は何一つ知らない。

手当てされたことだって、「おかえり」って言ってもらえることだってもちろんなかった。

だからこそ、いつだって選ぶ側でいたいし、誰にも本気にだってなりたくない。

捨てられた時の傷は、深く重く、痛く残るから。