まだよく知りもしない、危ない彼。

逃げた方が良いと脳は警告するけれど、きっとずっと逃げられない。

彼に纏わりつく雰囲気に、惹きつけられて動けなくなってしまう。

魅惑的とはこの人の雰囲気を指すんだと思った。



「花澄ちゃん、そのまま動かないで」



決して大きくない声なのに、耳にすんなりと入っては、体が素直に聞いてしまう。

…紫杏くんが私に近づいてきて、その距離僅か3センチほど。




「目、瞑って」



言葉の通り目を瞑ると、髪がふわりと持ち上がる。

と、首元がチクッと痛み、目をギュッと強く瞑る。

けれど、その衝撃もほんの僅かな時間だけで、すぐに痛みが引いていく。



「…ん、できた。目開けていいよ」



その言葉に目を開けると、面白そうに私を見る紫杏くん。



「本当に素直…っていうか、従順だね」



一転して、柔らかい空気が流れ始める。

紫杏くんの纏う空気は、掴めない。

紫杏くんといると、その空気に呑み込まれてしまう。

主導権もぜんぶ、握られてしまうんだ。