樋口の話はとても面白かった。温かい紅茶とマドレーヌを頬張りながら彼の話に耳を傾ける。

「このフランスの道と呼ばれる巡礼路は巡礼者にとって一番の憧れなんです。そしてこの路沿いは玄関に帆立貝を付けている家が多くて」

 白紙の紙に簡単な世界地図を描いて丁寧に教えてくれる。そこにサン=ジャン=ピェ=ド=ポルとサンティアンゴ・デ・コンポステーラと書かれた文字を繋ぎ「フランスの道」と書き加えていく。

「帆立貝の付いている場所は一晩泊めてくれる施設で、彼らは何日もかけてゴールを目指すのです」

「どうして帆立貝なの?」

「キリストのヤコブという人物が帆立貝を杖にぶら下げて歩いたからとか。それで帆立はヤコブ貝と呼ばれ、ヤコブ貝のことをフランスではサンジャンクと呼び、スペインではサンティアゴと呼ぶことから帆立貝がシンボルになったという説があります」

「おお」

 その名前が紙に書かれた地名と一致していて眞理は驚きの声を上げた。

「あと帆立貝はギリシア神話の女神ヴィーナスで有名ですね。ヴィーナスの生まれた海は命の誕生を意味していてそのヴィーナスの乗っている帆立は豊穣の象徴なんです」

 巡礼も目的地にたどり着くことによって新しい自分に生まれ変わると言われているのでそういう意味も含まれているのかもしれません。と樋口は話、冷めてしまった紅茶をくっと飲み干した。

「だいぶマドレーヌの話から逸れてしまいました」

「楽しかったです」

「いえ。自分も昔調べたことがあったので」

 そうなんだ、と眞理が2つ目のマドレーヌを食べ終え3つ目のマドレーヌに手を伸ばす。

「あ、あと」

「ん?」
 
「もうすぐお昼ですので食べ過ぎはいけませんよ?」

 と手を伸ばした先にあったマドレーヌを樋口が食べてしまった。

「意地悪」

「それは褒め言葉ですか?」

「違う」

 ふふふっと悪戯に笑う樋口。やっぱり、こんな執事嫌いだ。
 眞理は冷え切った紅茶を飲み干して立ち上がる。さて、午後はなにをして過ごそうか。

「あ、そうだ。今度、私にもお菓子作り教えてよ」

「勿論です」

 いつでも、とにっこり微笑む樋口。



 甘い香りは幸せの香り。

【BUTLER】