「お前はいいなあ」
タロウの頭をなでながらポソリとつぶやかれた言葉が耳に残った。

太郎さんは今とっても辛いのかもしれない。
本当は泣きたいくらい苦しいのに、誰にも弱音を吐けないでいるのかもしれない。
そんな気がして、
「よかったら膝を貸しましょうか?」
ポンポンと自分の膝を叩いて見せた。

「え?」

我ながらバカなことを言ったと思う。
自分でもなぜそんなことを口走ったのかわからない。
でも、

ドンッ。
返事の代わりに膝にのしかかった重み。
それが彼の答えだった。

私の膝に頭を預け、時々肩を震わせる太郎さん。
事情を理解していないタロウは一人部屋の中を歩き回っている。

「僕の母が病気で亡くなって、一年後には今の母が家に来たんだ」
「そう」
随分早い再婚だな。

「新しい母も連れ子の妹も悪い人ではなかったけれど、僕は父が許せなかった。子供じみているだろ?」
「そんなことない」
誰だって自分の母親は特別だもの。

「僕は偽善者なんだ。お母さんや妹の前では良い人ぶって、世間的には良い跡取り息子を演じて、家の金で贅沢させてもらっているくせに裏では何とか逃げ出そうと画策している。最悪な人間だよ」
「太郎さん・・・」

きっと、いつも虚勢を張って人一倍強がっている太郎さんの心が溢れかけているんだと思った。
だからこそ、迷いはなかった。

「大丈夫、あなたは偽善者なんかじゃないよ」

膝に乗せられた頭を抱えて引き寄せ、私は自分から唇を重ねた。
そして、それが合図だった。