「当時の私にはそれがベストだって思えたんです。でも、」
「でも?」
「今は、敬也や主人には申し訳ないことをしたなって思っています。おなかの中で育っている命は自分のもののように思っていたけれど、違うんだなって。たった4年前には私のお腹の中にいた命がこんなに自己主張するようになるんですから」
フフフ。
「そうね」

口の周りににクリームをつけて大きな桃を頬張る敬也君。
確かに一人の人間として個性も自己主張もある。

「それに、主人がすごく寂しそうなんです。『できれば敬也が生まれる時にも立ち会いたかった』とか言われると、辛いんです」
「そう、よね」
お父さんにはお父さんの思いがあるんだものね。

「私後悔しているんです。あの時逃げ出すべきじゃなかったなって。だから、」
そこまで言って、真理愛さんが言葉を止めた。

逃げたらダメだと、真理愛さんは言いたいんだろう。
おなかの中の命は1個の人格だから、勝手なことをしてはダメ。
そう言えば、泉美からも似たようなことを言われていた。

「ごめんね、心配をかけて」
年下の真理愛さんに諭されるとは思っていなかった。

「いいんです、あんなに焦っているお兄ちゃんを見れただけでも得した気分ですから」
「そう。太朗さん焦ってたんだ」
「ええ、メールの返信も秒速でしたし、かなりキレてますね」
「ふーん」
なんだか怖いな。