「美貴―」
店の奥から手を振り私を呼ぶ声。

「ちょっと声がでかいって」
テーブルに駆け寄り友人を睨んだ。

ここは都心の一流の部類に入るホテルの中にあるバー。
夜の8時を回り仕事帰りのビジネスマンの姿が目立つ中に一人で座るのは、一見できるOLに見える美女。
緩やかに肩まで伸びたウエーブの茶髪とぱっちりとした二重の目が存在感を出していて、薄暗い店内でもかなり目立っている。

「あんたも黙っていれば美人なのにねえ」
いつものようにマティーニを注文し目の前につぶやいてみる。

「うるさいわねえ、あなたも一緒でしょ」

言い返されて自分を見返し、確かにと納得してしまう。
彼女、原田泉美(はらだいずみ)と私、田上美貴(たがみみき)は同い年の29歳。
来年には30歳になるアラサー女。
大学卒業後の勤め先が一緒で親しくなった友人で、お互い気の強い性格が似ていて共感する部分が多く付き合いも7年を超えた。

「大体さあ、今時マティーニを飲んでいればいい女だなんて思ってるのは美貴だけよ」
「うるさいわねえ、別に・・・」
カッコつけるためにマティーニを飲んでいるわけじゃない。
「泉美だっていつもはビールしか飲まないくせに、ここではこじゃれたカクテル飲んでいるでしょ」
人のことは言えないと思うけれど。

「いいじゃない、月に一度の楽しみなんだから」
「いや、別に」
それが悪いって言いたいわけではない。