「正直僕も困ってるんだよ。小出くんはロンドン赴任を控えた、わが社のホープだ。少しでも『隙』をつくようなことが出回れば小出くんの今後にも関わってくるからね。万が一同じ職場の女性と不倫なんてことが明るみになったら、小出くんの海外行きは一旦保留になるか、もしくは異動してもらうことになるだろう」

「不倫なんて……そんなこと絶対に」

言いかけた私の言葉を遮るように亮が口を挟んだ。

「その場合、瑞希……いや崎山さんの処遇はどうなるんですか?」

亮の馬鹿。

何言ってるの?私のことより自分のことでしょう!

思わず口を一文字にして彼の横顔をにらみつけるも、そんな私の気配には気づかないふりをしているのか、こちらに顔を向けようともしない。

「小出くんは、自分のことより崎山さんの方が気になるのか?」

ほら……。

明らかに山本さんの目つきが鋭く変わる。

恐らく今の彼の一言で課長の中に亮の『隙』というものが確証に変わったのではないか気が気ではなかった。

「今回、誘ったのは僕です」

更にそう言い放った彼に目を大きく見開いてしまう。

そして、山本さんもまた眼鏡の奥の細い目を押し広げた。

「決して課長のおっしゃられるような関係ではありませんが、崎山さんは僕にとって恩人です。万が一、ご迷惑かけるようなことがあったら自分自身が許せません」

亮は恐ろしいほどに揺るぎない目で課長を見つめている。

どうしてそんなことを……。

山本さんは腕を組み、亮から自分の視線を外すと首を垂れたまましばらく何かを考えているようだった。そして、ようやく顔を上げると私の方を見て重い口を開く。

「言いたくはないが、崎山さんはもう少し慎重になるべきだった。小出君はともかく、君は既婚者なんだから二人きりでホテルというのはやはり誤解を受ける元だ」

「はい……申し訳ありません」

今は亮のためにも頭を下げるしかなかった。

「例え間違った情報であろうと、こういう情報が持ち込まれた以上何らかの対応は取らざるを得なくなる。君たちの話をそのまま部長に伝え、最終判断をしてもらうよ。小出くんの赴任については、この件が落ち着くまで保留になるかもしれない」

亮のロンドン行きが保留?せっかくこの一カ月がんばってきたのに。

しかも、保留だけは済まなくなる可能性だってゼロではない。

そんなこと、耐えられない。

責任を被るのは私一人で十分。部長の判断が降りる前になんとかしなくちゃ。

必死に私が責任をとれる方法を考えるも、一つの回答しか頭を過らない。

やっぱりこれしかない?うん、これしかないよね。

自分の葛藤に決着をつけ、険しい表情のまま席を立とうとした山本さんを呼び止めた。