眉を潜めて不思議そうに目を見開く彼が嘘をついているように見えなかった。

でも、あの子供の部屋は──?




「いや、正確にいえば。2年前、死産したんだ」

「えっ、」

「それから、妻はとても神経質になってしまった。子作りしても授からないし、行為は事務的に変化し会話も減って夫婦仲は冷えきっていったよ」


声のトーンを下げた俊也さんが、言いにくそうに口元を右手で覆う。



「気持ちを切り変えようと、準備していた子供部屋を片付けた方がいいと話すと、ヒステリックに怒り出して。家に帰っても休める雰囲気ではなかった。そんな時に君と出会った」


全然、知らなかった。俊也さんが奥さんとそんな状態だったなんて──。

彼女が部屋で苦しんでいる時に、私はあのアパートで彼との関係に溺れていたんだ。



「あの時、堕胎と言ってしまったのは動揺したからだ。君のご家族には不快な思いをさせてしまうかもしれない。けど、俺は君とならいい家族を築きあげられると思ってるんだ」


好きな人に、好きだった人に一緒になろうと言われて、全然、嬉しくない。
体中が拒否反応を起こして、足の指の先まで鳥肌がたった。



「いなくなって、君の存在の大きさに気が付いた。俺は珠里を愛してる……」


知らなかったじゃ済まされない。全身が震えた。

奥さんのいる相手と付き合うこと。
とんでもない過ちを、犯してしていたんだ。