きっかけは、私が患者さんを転倒させて落ち込んでいる時に優しい言葉をかけてくれたこと。奥さんがいる事は知っていたけど、人の気持ちなんてコントロール出来るものじゃなかった。
「ねぇ、俊也さん。同僚の間で愛妻家って言われてたんだけど」
「そんな噂あるの?うちはレスだし冷えきってるよ」
「本当ですか?」
「体の関係だって2年目から無いし。離婚も時間の問題なんだ」
「………っ、」
ギュッと後ろから抱き締められて、首もとに唇を当てられる。そのまま顎を上に持たれて深いキスが降ってきた。
煙草とコーヒーの香りが混じった、大人のキス。
「シャワー浴びてくる」
耳元で甘い息が吐かれるから、あぁこれから彼に抱かれるのかな?とそう思ったのに──。
ピコン、と彼のスマホが鳴った。
一瞬、強張った彼の顔がすぐに柔らかくなって申し訳なさそうに私に目を向ける。
「ごめん、オンコール入った」
「……仕方ないですよ。お仕事頑張って下さい」
重い扉がパタンと閉まって、静かな部屋に1人再び取り残される。



