この度、筋肉バカ王子の教育係に任命されました

 第三妃はシャーロットに微笑みかけると、国王の隣に腰を下ろした。

「あなたも来たのね。話が早いわ。わたくし、陛下と離縁するから、あなたが正妃になりなさい。そうすればアレックスもやりやすくなるでしょう」

 正妃は話は終わりとばかりにそう言ったけれど、第三妃は微笑んだまま首を横に振った。

「マリー様ならきっとそう判断されると思いましたわ。でも、お断りいたします」
「なんですって?」
「ごめんなさい。こうでもしないと、マリー様はお城に戻って来てくれないと思いましたの」

 第三妃はちっとも悪いと思っていないだろう顔で言って、シャーロットに視線を向けた。

「わたくし、シャーロットさんのことはとっても気に入っていますのよ。でも、アレックスがいろいろ自由にしすぎたせいで、シャーロットさんの伯爵家では少々後ろ盾が苦しいんですの。ですから、わたくし考えましたのよ」
「……もしかして、わたくしにシャーロットさんと縁を結べと?」
「いいえ? そうではございません。さすがにわたくしの都合でシャーロットさんを養女に出すのはお可哀そうですし、パメーラ伯爵もよしとはしないでしょう。ですから、マリー様にはアレックスをもらっていただこうと思いまして」
「はあ?」
「マリー様、アレックスをもらっていただけません? わたくし、新しくリュディオンという息子ができましたのよ。ですから、アレックスは差し上げます」

 言っていることはひどいように聞こえるが、シャーロットはピンときた。アレックスに正妃の後ろ盾をつける――つまり、次期国王として正妃に育てろと言っているのだ。アレックスはすでに十九でさすがに多少無理があるが、それでも「正妃の息子」として扱えば第三妃の息子よりも立場は盤石で、なおかつリアクール公爵家を黙らせることもできる。血のつながりはないとはいえ、アレックスが公爵家と縁続きになるからだ。
 正妃は唖然とした顔で第三妃を見た。

「ちょっとフィジー、正気?」

 第三妃――フランジーヌは大きく頷いた。

「ええ、もちろん」
「わたくしにアレックスの母になって城に戻って来いと言うの?」
「はい」

 正妃は額を押さえて息を吐きだした。
 第三妃は、正妃に国王とは離縁せず、正妃立場のままアレックスを自分の息子にして後ろ盾になれと言っている。正妃の都合などまるで無視である。だが、正妃も勝手に第三妃を正妃の座に据えようとしたのだから、文句は言えない。
 シャーロットも茫然とするような強硬策に、能天気な国王は俄然勢いづいた。なぜならこれで正妃と離縁しなくてすむからである。さらに正妃が城に戻って来るのだ。食いつかないわけがない。

「そうだ、それがいい!」
「あなたは黙ってらっしゃい!」

 しかし第三妃に味方しようとした国王は、正妃にぴしゃりと怒られてしゅんとなった。
 正妃は両手で顔を覆って俯いた。

「ちょっと考えさせてちょうだい。そう簡単に答えの出る問題ではないわ」
「あら、アレックスのことは可愛がってくださっていたと思いますけど」
「それとこれとは話は別よ!」

 第三妃はふむと顎に手を当てて、それから国王を振り返った。

「陛下、ちょっと女性だけの内緒話がございますから、席を外していただけます?」
「え、いや、ここは私の部屋――」
「陛下」

 にーっこりと第三妃が微笑めば、国王は慌てたように立ち上がった。この国王は、どうやら妃たちに頭が上がらないらしい。
 国王を部屋から追い出すことに成功した第三妃は、笑顔のまま正妃に視線を向けた。

「マリー様? もしここでマリー様が陛下と離縁なさって正妃様の立場から退いた場合、当然大きな顔をなさるのはどなたか、想像できますわよね? あの方はきっと、マリー様に勝った気になって大喜びでしょうね。どなたかは、はっきりとは申しませんが」

 ぴくりと正妃が片眉をあげた。

(あの方――、たぶん第二妃のことよね)

 正妃と第二妃の因縁を先ほど知ったばかりのシャーロットである。
 第三妃は正妃を煽るつもりなのだ。おっとりのんびりしているだけの女性かと思えばとんだ曲者である。

「わたくしとしても、あの方の発言力がこれ以上あがると、抑え込むのが大変ですのよ。それでなくとも第四妃様もご実家に帰られてしまっていますし、お城に味方がほしいですわ」

 第四妃は息子の第二王子が逝去したのり、喪に服すと言って実家に帰ってしまっている。相当憔悴しているらしく、城へ戻って来るのはまだまだ先だと噂されていた。
 第二妃に大きな顔をされては、彼女と因縁のある正妃としては、当然面白くない。
 シャーロットは、正妃の頭の中で、国王と第二妃の天秤が揺れているのが見えた。国王と離縁したいけれど第二妃は黙らせたい。どちらも女のプライドだ。
 やがて、正妃は長く大きなため息をついた。

「あなたの勝ちよ、フィジー」

 第三妃は、手を叩いて歓声を上げた。