水田の脇の畔道を私と銀星は歩く。
田んぼに張られた水は水の様に青空と雲と町の景色を映しているよ。
私の隣りの銀星は小河童の事を考えてるのかしばらく口数が少なかった。
「ねぇ、銀星。さっきの小河童の言ってた『親分』って誰の事だろうね?」
「分からない。その相手が雪華に恋人がいない報告を受けて喜ぶ奴だなんて僕は心配だよ」
「知り合いかな」
「雪華、分かってる? 良い知り合いならそんな回りくどい探りは入れないだろう?」
「そっかぁ」
「呑気だね、雪華は! あのね、雪華は雪女の種族でも稀な妖力の持ち主なんだからね。狙われるんだよ?」
うっわ、銀星のお小言集中砲火が始まった。これは私には旗色が悪くなる。早く切り上げよう。
「はいっ、雪華は分かっております!」
「ほんとぉにぃ? 雪華、自覚してよ、気をつけてよ。くれぐれも用心して。ほいほい誰かについて行かないでよ。人間にももちろん妖怪にもだからね」
わー、銀星勘弁して。
「はいはい」
「雪華はただでさえ可愛いんだから」
私はジト目でわいわいわめく銀星の後半の言葉には耳をふさいでた。
『自覚してよ』あたりからは聞かなかった。
何を言ってたんだろうね。
たぶん「気をつけろ」だの「用心しろ」だの「注意力が足りない」とか、お小言三昧に違いないわ。
風城銀星は私の幼馴染み。
私は横に立つ銀星をチラッと見る。
銀星は優しくて可愛くて冷静さもあってとてもしっかり者だ。
私は元気すぎて後先考えずに突っ走る。
だから周りの皆に雪華はちょっとドジなところがあるよねって言われちゃう。
私も銀星みたいにしっかり者になりたいなぁ。
私と銀星は稲荷神社に来ていた。
夏の日暮れは遅く五時を過ぎてもまだ明るい。山の遠く遠くの方にうっすら夜の気配がし始めたぐらいだ。
一番星すら瞬きを見せてはいない。
蝉の鳴き声は静まりつつあった。
代わりに雪女の私には夜が好きな妖怪たちのはしゃぐ声が聴こえる。
妖怪によっては夜を好む者、逆に太陽がさんさんと降り注ぐ朝や昼を好む者がいる。
夕方の逢魔が時だけはみんな好きなようだった。
――私? 私は明るい陽射しが好き。
う〜ん、そういや夜も嫌いじゃないかな。月や満天の星を見るのって好きだよ。出掛けないけどね。
私には夜の散歩が好きな友達妖怪もいるよ。
たまに「雪華ちゃん、一緒に散歩に行こうよ。ねぇねぇ」ってろくろっ首娘に誘われる。
でも私は中学生だもん。
そんな暗い夜道を出歩いたらパパやママや銀星や先生に叱られちゃう。
銀星の家の稲荷神社には本殿や舞を踊る神楽殿、社務所や神社カフェに住居用のお屋敷に蔵と建物がいくつか並んでいる。
その中の一つで独立した建物の平屋に銀星パパのお洒落な書斎がある。
そこを今、銀星と私の妖怪探偵事務所として使わせてもらっているんだ。
銀星が鍵をカチャリと開けて中に入ると自動で電気が点いた。
部屋は檜の香りがする。良い香り。壁面には本棚がずらーっと並び、難しそうな本や絵本も書棚に収まっている。
ここ、小さな冷蔵庫とキッチンまであるんだよ。活動しやすいように銀星のパパやママと私のパパとママが揃えてくれたの。
掘り炬燵にもなるローテーブルにパソコンと電話が置いてあって。
私と銀星は定位置と言わんばかりに二人で並んで座った。
銀星はパソコンを開いて起動する。
私たちには数名の協力者がいてその中の一人のパソコンを得意としている天狗娘の風空美《ふくみ》ちゃんがあやかし関連の噂話があるとメールで送ってくれる。
黒い妖気に襲われて困っている妖怪や人間の情報がないか毎日確認してる。
――それから『絵馬手紙』を待つ。
稲荷神社の境内にひっそりと樹齢三百年ぐらいの霊木が立っていてそこの枝に『特別な絵馬手紙』を掛けると私と銀星には気配がする。
この『特別な絵馬手紙』というのは妖怪やあやかし関連で困っている人や妖怪たちの「助けて」っていう念や怖がってたりする気持ちが込められてる絵馬のこと。
私と銀星は困っている人間と妖怪を助けるために妖怪探偵事務所を作ったんだ。
元々は私と銀星が小学生のころ、一つの事件が起きたことがきっかけだった。
「銀星、もう眼鏡取ったら?」
「あぁ、そうだね」
銀星が伊達眼鏡を外すと体からぼふっモクモク〜っと煙が上がった。
するとたちまち銀星は白銀のもふもふな毛並みの子狐になる。
伊達眼鏡には化けタヌキ妖怪さんの妖力がこもっていてうっかり子狐の姿が出てきたりしないようにするお助けアイテムなんだ。
銀星に耳とか尻尾とか生え出たら同級生達がびっくりしちゃうもんね。
銀星は一日に一度は少年の姿にも子狐にもなって体のコリを取る。
どっちも銀星だ。
二つの体をならしている。
私は強いて言えばたまにだけど思いっきり体から冷気を放出したくなるの。
わあーって叫びながら存分に妖力の冷気を爆発させるとすっごくスカッとする。
他の雪女よりも暑さにはだんぜん強いと思うよ〜?
ちっちゃな子狐姿の銀星がパチパチとパソコンのキーボードを打っている。
いつでも銀星は私の前では無防備なんだよね。私もだけど。
これがお互い半妖同士で幼馴染みの気安さだよね。
うんうん、銀星って可愛いな。
妖怪子狐の時の銀星はもふもふで思わず私抱きしめたくなるんだぁ。
私にとっては、銀星は弟みたいで。
銀星に言ったら「なんだよそれ」って機嫌を損ねちゃいそう。
だ・か・ら。
銀星の面と向かってそんなことは口が裂けても言わないよ〜。
銀星が童顔だったりするのを気にしてるのはいつもそばにいる私は分かっているからね。
「なに? 雪華ったら僕の顔をジロジロ見ちゃって。なんかついてる?」
「ううん、なんでもない。さっきの小河童に関係してそうなこと、報告あった?」
「実はあった」
「見せて見せて」
私はパソコンの画面を覗く時に、銀星の顔に怒りが浮かんだのを横目で見た。
「なに、コレ」
「酒呑童子のひょうたんが小さな河童に盗まれたらしい」
天狗娘の風空美ちゃんからのメールだった。
「僕が取り逃がさなければ被害は出なかったのに」
「あの河童。酒呑童子の持ち物を盗むなんて怖いもの知らずな河童だわね」
「酒呑童子が荒れ狂ったら大変だぞ」
私と銀星は顔を見合わせた。
酒呑童子って鬼の一番頭領っていわれてるんだったよね。
やだ、それってマズくない?
私の胸には焦るような気持ちが湧いてきた。
田んぼに張られた水は水の様に青空と雲と町の景色を映しているよ。
私の隣りの銀星は小河童の事を考えてるのかしばらく口数が少なかった。
「ねぇ、銀星。さっきの小河童の言ってた『親分』って誰の事だろうね?」
「分からない。その相手が雪華に恋人がいない報告を受けて喜ぶ奴だなんて僕は心配だよ」
「知り合いかな」
「雪華、分かってる? 良い知り合いならそんな回りくどい探りは入れないだろう?」
「そっかぁ」
「呑気だね、雪華は! あのね、雪華は雪女の種族でも稀な妖力の持ち主なんだからね。狙われるんだよ?」
うっわ、銀星のお小言集中砲火が始まった。これは私には旗色が悪くなる。早く切り上げよう。
「はいっ、雪華は分かっております!」
「ほんとぉにぃ? 雪華、自覚してよ、気をつけてよ。くれぐれも用心して。ほいほい誰かについて行かないでよ。人間にももちろん妖怪にもだからね」
わー、銀星勘弁して。
「はいはい」
「雪華はただでさえ可愛いんだから」
私はジト目でわいわいわめく銀星の後半の言葉には耳をふさいでた。
『自覚してよ』あたりからは聞かなかった。
何を言ってたんだろうね。
たぶん「気をつけろ」だの「用心しろ」だの「注意力が足りない」とか、お小言三昧に違いないわ。
風城銀星は私の幼馴染み。
私は横に立つ銀星をチラッと見る。
銀星は優しくて可愛くて冷静さもあってとてもしっかり者だ。
私は元気すぎて後先考えずに突っ走る。
だから周りの皆に雪華はちょっとドジなところがあるよねって言われちゃう。
私も銀星みたいにしっかり者になりたいなぁ。
私と銀星は稲荷神社に来ていた。
夏の日暮れは遅く五時を過ぎてもまだ明るい。山の遠く遠くの方にうっすら夜の気配がし始めたぐらいだ。
一番星すら瞬きを見せてはいない。
蝉の鳴き声は静まりつつあった。
代わりに雪女の私には夜が好きな妖怪たちのはしゃぐ声が聴こえる。
妖怪によっては夜を好む者、逆に太陽がさんさんと降り注ぐ朝や昼を好む者がいる。
夕方の逢魔が時だけはみんな好きなようだった。
――私? 私は明るい陽射しが好き。
う〜ん、そういや夜も嫌いじゃないかな。月や満天の星を見るのって好きだよ。出掛けないけどね。
私には夜の散歩が好きな友達妖怪もいるよ。
たまに「雪華ちゃん、一緒に散歩に行こうよ。ねぇねぇ」ってろくろっ首娘に誘われる。
でも私は中学生だもん。
そんな暗い夜道を出歩いたらパパやママや銀星や先生に叱られちゃう。
銀星の家の稲荷神社には本殿や舞を踊る神楽殿、社務所や神社カフェに住居用のお屋敷に蔵と建物がいくつか並んでいる。
その中の一つで独立した建物の平屋に銀星パパのお洒落な書斎がある。
そこを今、銀星と私の妖怪探偵事務所として使わせてもらっているんだ。
銀星が鍵をカチャリと開けて中に入ると自動で電気が点いた。
部屋は檜の香りがする。良い香り。壁面には本棚がずらーっと並び、難しそうな本や絵本も書棚に収まっている。
ここ、小さな冷蔵庫とキッチンまであるんだよ。活動しやすいように銀星のパパやママと私のパパとママが揃えてくれたの。
掘り炬燵にもなるローテーブルにパソコンと電話が置いてあって。
私と銀星は定位置と言わんばかりに二人で並んで座った。
銀星はパソコンを開いて起動する。
私たちには数名の協力者がいてその中の一人のパソコンを得意としている天狗娘の風空美《ふくみ》ちゃんがあやかし関連の噂話があるとメールで送ってくれる。
黒い妖気に襲われて困っている妖怪や人間の情報がないか毎日確認してる。
――それから『絵馬手紙』を待つ。
稲荷神社の境内にひっそりと樹齢三百年ぐらいの霊木が立っていてそこの枝に『特別な絵馬手紙』を掛けると私と銀星には気配がする。
この『特別な絵馬手紙』というのは妖怪やあやかし関連で困っている人や妖怪たちの「助けて」っていう念や怖がってたりする気持ちが込められてる絵馬のこと。
私と銀星は困っている人間と妖怪を助けるために妖怪探偵事務所を作ったんだ。
元々は私と銀星が小学生のころ、一つの事件が起きたことがきっかけだった。
「銀星、もう眼鏡取ったら?」
「あぁ、そうだね」
銀星が伊達眼鏡を外すと体からぼふっモクモク〜っと煙が上がった。
するとたちまち銀星は白銀のもふもふな毛並みの子狐になる。
伊達眼鏡には化けタヌキ妖怪さんの妖力がこもっていてうっかり子狐の姿が出てきたりしないようにするお助けアイテムなんだ。
銀星に耳とか尻尾とか生え出たら同級生達がびっくりしちゃうもんね。
銀星は一日に一度は少年の姿にも子狐にもなって体のコリを取る。
どっちも銀星だ。
二つの体をならしている。
私は強いて言えばたまにだけど思いっきり体から冷気を放出したくなるの。
わあーって叫びながら存分に妖力の冷気を爆発させるとすっごくスカッとする。
他の雪女よりも暑さにはだんぜん強いと思うよ〜?
ちっちゃな子狐姿の銀星がパチパチとパソコンのキーボードを打っている。
いつでも銀星は私の前では無防備なんだよね。私もだけど。
これがお互い半妖同士で幼馴染みの気安さだよね。
うんうん、銀星って可愛いな。
妖怪子狐の時の銀星はもふもふで思わず私抱きしめたくなるんだぁ。
私にとっては、銀星は弟みたいで。
銀星に言ったら「なんだよそれ」って機嫌を損ねちゃいそう。
だ・か・ら。
銀星の面と向かってそんなことは口が裂けても言わないよ〜。
銀星が童顔だったりするのを気にしてるのはいつもそばにいる私は分かっているからね。
「なに? 雪華ったら僕の顔をジロジロ見ちゃって。なんかついてる?」
「ううん、なんでもない。さっきの小河童に関係してそうなこと、報告あった?」
「実はあった」
「見せて見せて」
私はパソコンの画面を覗く時に、銀星の顔に怒りが浮かんだのを横目で見た。
「なに、コレ」
「酒呑童子のひょうたんが小さな河童に盗まれたらしい」
天狗娘の風空美ちゃんからのメールだった。
「僕が取り逃がさなければ被害は出なかったのに」
「あの河童。酒呑童子の持ち物を盗むなんて怖いもの知らずな河童だわね」
「酒呑童子が荒れ狂ったら大変だぞ」
私と銀星は顔を見合わせた。
酒呑童子って鬼の一番頭領っていわれてるんだったよね。
やだ、それってマズくない?
私の胸には焦るような気持ちが湧いてきた。

