声の主は、静かになった私に声をかけてきた。

「歩けるか?」

 声の主は、ガッチリとして背が高かった。こんな時間にトレーニングウェア姿で外に出ていて、もしかしたらプロのアスリートなのかもしれない。

「ありがとう、大丈夫」
 
 自分でも情けなくなるくらい、か細い声になってしまった。まだ急に思い出したように、悪寒が走って身体が震える。

「……無理するな」

 声の主は私の前に背中を向けて、腰を落とした。
 おんぶしてくれるって、こと?

 ためらう気持ちもあったけど、私は彼の背中におぶさった。

 広くて、ごつごつした背中。
 黒いトレーニングウェア越しに、鍛え抜かれた肩や背中の筋肉が触れる。
 でも……暖かい。

 年は、30くらい? 落ち着いた雰囲気の人だった。

 彼は私を軽々とおぶって、何事もないように玉砂利を踏みながら歩き出した。

「ありがとう」

 私はぽつりと言った。

「警察に行くか?」

 一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。

「また、あんなことがあるといけないだろう」

 その言葉で、哲也にのしかかられた瞬間を思い出してしまった。

「やめて……!」

 私は彼の背中に突っ伏して、震えた声を出した。頭がぐるぐるして、今にも吐きそうになる。

「……済まない」

 彼はそう言うと、ぽつりと

「俺は桧山(ひやま)だ。君は?」

「……鹿田(かつた)、さくら」

 普通、初対面の相手に名前なんか教えないけど。

「あの男、知り合いなのか?」

 私は桧山さんの背中で、小さく頷いた。それだけで彼には、わかったらしい。

 桧山さんは「そうか」とだけ応えて、後は黙って歩き続けた。

 闇の中に、神社の裏口の案内看板の蛍光灯が見えてくる。