体育館を出ると、辺りはもうすっかり日が暮れていた。

「車で送っていこう」

 桧山一尉はそう言って、私たちを体育館裏の駐車場に連れていこうとしたのだけど……。

 裏の駐車場に通じる通用口の先に、黒い人影が立っていた。

「哲也……」

「なんだよさくら、こんなオッサンと付き合ってんのかよ」 

 哲也の声は、(くら)くて低かった。

「俺をフっておいて、こんなオッサンとくっついてんのかよ」

「哲也。お願いだから、桧山さんに変なこと言わないで」

 私の声に、萌音も言葉を重ねた。

「フるも何も、あんたたち付き合ってたわけでもなんでもないでしょ。なに勘違いしてんの?」

「うるせえっ、黙れ!!」

 哲也が怒鳴った。 
 少しやんちゃだけど、粗暴とはほど遠い幼なじみだったのに。

「なんだよ、白川までコイツの味方して。 俺のこと、バカにしやがって……!」

 急に哲也の声が裏返った。
 ヒューズが飛んだ、そんな雰囲気だった。

「そうかよ。お前ら二人、このオッサンに抱かれたのかよ。ハダカになって、犬みたいにキャンキャン鳴いてたのかよ!」

「哲也──!!」

 言葉を無くした私たちの横で、低く落ち着いた声がした。

「さくらを奪われて、そんなに悔しいか」

 桧山一尉が、私たちを護るように一歩前に出た。

「なん、だと……?!」
 
「さくらが俺に抱かれたとして、お前はさくらを(なじ)るだけなのか。惚れた女に、恨み(ごと)をぶつけることしかできないのか」

「桧山……さん……」

 胸の奥が、じんと熱くなる。

「ふざけるなっ、バカにするなっ!」

 叫ぶ哲也に、桧山一尉はどこまでも冷静だった。

「ふざけてなどいない、相手を間違えるなと言っている」

 そして哲也の目を見据えるように、言った。

「お前の怒りも悔しさも、ぶつける相手は俺だろう。俺が許せないのなら、ためらわずにかかってこい」