こんなトラブル、こんなイレギュラー、掴まれた手首も振りほどくくらい余裕があれば、いつまでも日下部に踊らされることもなくなるのに…。
気持ちを弄ばれることだって無い。
なんでこんなやつを好きなのか。

「違うっ、そうやないっ、そうやなくてっ、こんなことさらっとして、気ぃもたせるようなことして、なんでこんな追い詰めるんっ…」

「でも嫌いって、言わないんだね」

「言わんよそんな嘘っ。でもこれはっ…」

言わない。
それだけは本当に嫌いになったその日まで言いたくもない。
悔しいけれど、どれだけフラれても好きでたまらないのだ。
そよ風より冷たい風が吹き、涙に濡れた頬を撫でる。
結んでいなかった髪が乱れ、唇のはしにぶら下がる前に日下部の指が掠め取った。

「したかったんだ。園村さんにキスがしたくなった」

射抜かれた。
元々射抜かれていたが、さらに貫かれた。
目の色が優しい、まとっている空気が柔らかい。

「し、したくなった…?したくなったらすんの?犯罪者か!したくなったからしましたってっ、犯罪者の言い訳やんっ!」

後ずさった先は大木で行き止まり、壁ドンならぬ大木ドンされてしまった。
手首に込められていた力が抜け、骨ばった長い指がやよいの指にからめられると、そのまま後ろの大木に縫い付けられる。
体がびくついて、反射で思わず日下部の手を握り返してしまった。
さっきの柔らかい雰囲気はどこへいったのか、見つめてくる瞳の色も視線も優しいのに、表情はどこかかたくてもともと読み取れない思考をさらに難しくさせている。

「嘘やん、これ、もしかして…」

喉がヒュッと鳴った。
暴言を吐きすぎてしまって怒らせたのか。