「少し、話そうか」

スマホ探しに奮闘した土手に着いたところで、日下部が立ち止まる。
二人の手は離れることなく繋がったまま。

日下部邸から飛び出し、無言でここまで来た二人だが、あんな修羅場の後だというのに気まずさはなかった。
ただ手を繋いで、二人の存在を互いに感じながら歩くだけで、ただそれだけで何も言うことはなかった。
何も言わないことが自然、と言った方がいいかもしれない。
家を出てすぐは二人とも興奮冷めやらぬと言った状態だったため、その感覚をもて余していた。
歩いているうちにだんだん情報も整理され、ヒートアップしていた頭も落ち着きを取り戻しつつある。
そのタイミングでの提案だった。

二人並んで土手に座り、赤く色づき始めた太陽に目を細める。
昼間はあんなに暑かったのに、夕方に近づいている今は落ち着いていて、そよぐ風も気持ちいい。
川が近くにあることも相俟って、体感温度も低く感じる。
しかしまだ人の姿はなく、ここにいるのはウォーキングの人を除けば日下部とやよいしかいない。

確か最初にスマホを探したのも多分この辺。
信じられないあの展開が早くも懐かしい。
まだそんなに時間が経っていないというのに。
あの時は気まずくて仕方がなかったのに、今は普通に日下部と隣同士で座っていることが信じられない。
昼間の水切りにしても、あの頃の自分に教えてやりたいくらいだ。