同じ問いを繰り返す彼女に、そっと語り掛けた。

「辛かったんだね。転校したばかりで、右も左も分からないのに、些細なことでクラスの子から苛められて」  

「……」

「控えめで大人しい君は、誰にも救いを求められなかった。誰にも言い出せないまま、一人で命を絶ってしまった」

 彼女の身体が、静かに揺れた。

 柳の枝が風に揺れるように、静かに横を向いて、初めて、こちらを見てくれた。

「──あなた、誰? わたしのことを、知っているの……?」

 長い黒髪の奥に、青く光る目が灯っていた。

 だが、

「君は優しい人だね。そんな目にあったら、周囲を恨んだり憎んだりしても当然なのに、君からはそんな思いを感じない」

「──あなた、誰?」
 
「僕は君と同じ転校生だよ。転校して来た日に、君がここに立っているのが視えた。  
でもそのままでは、とても話が出来そうに無かったから、こんなふうに、夜半に雨が降る日を待っていたんだ」
 
 そして、優しく語りかけた。  

「細い雨の降る、七月の夜。君がそこから飛び降りたのも、そんな日だったね」

 その言葉に誘われるように、彼女の青い唇が、微かに形を変えた。

「──わたし、誰も恨みたくない。誰も、憎みたくない」

 青い鬼火を噛むような、痛みと悲しみが伝わってくる。

「ただ、もう苦しみたくなかった。ここでない何処かへ行ければ、それだけで、良かったのに……」

 そして闇い空に、身をよじるような嗚咽が吸い込まれていく。
 
 彼女は追い詰められ、たった一人で命を絶った。

 痛みだけを抱え、10年も一人で立ち尽くしていた彼女にこの言葉が届くように、想いを込めて、言った。

「おいで、一緒に行こう」

 茫然と視線を上げる彼女に、  

「僕に憑けば、そこから離れられるよ。そこから離れさえすれば、君はこの先何処にでも行けると思う」 

「……」

「君の苦しみは、多分此岸では浄化出来ない。でも、10年もそこに縛り付けられていたんだ。さっさと昇天しろなんて、無理は言わないよ」 

「──わたしが、怖くないの?」

 小さく、首を横に振った。

「一緒に行こう。僕は君を、助けに来たんだ」

 そう言って、彼女に右手を差し出した。

 彼女の髪が、肩が、指先が、微かに震え出した。
 青い目からぽろぽろ涙をこぼしながら、彼女がゆっくりと右手を差し伸べてくる。

 その手に、しっかりと右手を重ねた。
 
 何かが身体の中に流れ込んで来る感覚と同時に、10年間立ち尽くしていた、孤独な霊の姿は消えて、後には、細い雨が音もなく降り続いているだけだった。