じっとり纏わり付く、湿気に満たされた夜だった。
 
 非常階段の扉を開けると、南校舎の屋上は音も無く降り続く雨に、黒く閉ざされていた。
 
 通用口の上に取り付けられた蛍光灯が、虚しく闇に抗っていたけれど、却って四辺の闇の濃さを際立たせていただけかも知れない。

 その闇の中、屋上の南東角の隅に、彼女は居た。

 ずっと、一人で。

「いつまでそうしているつもり?」

 静かに歩み寄って声をかけると、彼女は俯いたまま、

「──わから、ない……」

 微かな、衣擦れのような呟きだった。

「──わたし、どうして、ここに居るの?
どうして、何処にも行けないの……?」

 感情の無い、脆い土塊に刻んだような声だった。
 
 彼女に届くだろうか、そう考えながら、告げた。

「君は死んだんだ。10年前、その場所から身を投げて」

 彼女に変化は無かった。
 ぼうっとした燐光に包まれて、闇に覆われたグラウンドを見下している。
 長い黒髪に隠されて、表情は分からなかった。
 
「──どうして……?」 

 銀の糸のような雨が、燐光に包まれて浮かび上がる彼女の身体を、無音のまますり抜けて行く。

「──わたし、生きるのが辛かった。ここから飛び降りれば、楽になれると思ったのに。ここじゃない何処かに、飛んで行けると思ったのに」

 俯いたまま、彼女は独り言のように呟いている。

「──どうして、何処にも行けないの……?」