春に笑って、君宿り。

必死に手を伸ばして、すぐに川の中から子犬を引き上げた。
少しでも俺の体温を分け与えようと体を丸めてきゅっと抱きしめる。

ごめん、俺の服も濡れてて冷たいよな。

今助けるから。


来た道を戻ろうとするも、意外と深くて速い流れになかなか足が進められない。


「……っ」


手がかじかむ。
足の感覚なんてとっくにない。


ひとりで、よかった。


――「大丈夫!?」


必死に手を伸ばす桜色の髪の女の子。
先日俺が入学した高校と同じ制服だった。

迷うことなくその手をつかんだ。

細くて弱くて、あたたかいその手をつかんだのが

今じゃ間違いだったなんて、そんなふうに思わなくなっていた。


「……こひなた、かの……」


初めて口にした、その人の名前。
春のようにやわらかくて、あたたかい、それはそれはお似合いの名前を。

それはいとも簡単に俺の中に入ってきた。

気付けば隣にいて、
遠くにいてもすぐに見つけてしまうくらいに、俺の中に濃く色づいて、咲いていた。