桜の花びらのむこうの青

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彼からの頼みというのは、明後日の土曜日、国際ネット情報にいち早く力を入れている今最も注目されている日和ワールド出版社の専務が仕事の依頼に、自宅兼事務所にやって来るらしく、私に接待を助けてもらいたいということだった。

そんな有名どころの役員クラスから直々の依頼は今回が初めてで、しかも急な話だったこともあり、アルバイトを雇うにも時間がないと困っていたらしい。

「最近出向いた仕事場でも君ほど接待が完璧な人はいなかった。今後の俺にとっても恐らく大事な打ち合わせになると思うから、是非森村さんにお願いしたい」

お世辞も入っているとわかってはいたけど、素直に嬉しかった。

幸い、柳江さんから依頼のあった土曜日は仕事も予定もなかったこともあり、引き受けることにした。

約束した十時に、彼の自宅兼事務所があるマンションに向かう。

都心からニ十分ほど電車に揺られた駅から徒歩十分、決して便利がいいとはいえない場所に立つ五階建ての古びたマンションの三階に彼の事務所があった。

事務所といっても家も兼ねているわけで、正直、知り合って間もない男性の家に一人で出かけることに抵抗がなかったといえば嘘になる。

これまでの私だったらまず引き受けていなかっただろう。

柳江さんだったから受けたのかもしれない。


部屋の前のチャイムを鳴らすと、すぐに彼が出てきた。

「申し訳ない。今日はよろしくお願いします」

彼は丁寧に頭を下げると、どうぞと言って、玄関にスリッパを出してくれた。

事務所を兼ねているだけあって、リビングに抜ける廊下には、彼の作品らしき写真が大小様々センスよく飾られている。

モノクロのものもあれば、カラーのもの。

ゆっくり見る余裕はなかったけれど、人物もあれば風景や動物、ジャンルは問わず様々な写真だった。

リビングは思っていたよりも広く、南に面したベランダの窓からは燦燦と明るい日差しが降り注いでいる。

大きめの観葉植物が部屋のあちこちに置かれ、仕事とプライベート空間を仕切っているように見えた。

リビングの中央に置かれた仕事用の広い漆黒のデスクには、デスクトップとやはりここにも小さめの観葉植物が置かれていた。デスクの後ろの壁は一面本棚になっていて、書類やカメラ関係の本がぎっしりと収められている。