桜の花びらのむこうの青

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取材の数日後、突然秘書室に柳江さんからの電話が入った。

先日の集合写真を現像したので手渡したいとのこと。

送付してもよかったけれど、丁度近くまで仕事で行く用事があるので、もし出てこれそうなら会社のすぐ近くにある【カフェ・チェリーブロッサム】に十四時に来てくれないかと言われる。

もう一度会えるの?柳江さんに!?

きっと二度と会えないと思ってた。淡い恋なんてそういうもんだって諸先輩方から聞いていたし。

遠藤先輩に相談すると、意味深な笑いを浮かべ「行ってきなさい!」と背中を押された。

ブラックスーツの上から桜色のストールを撒き、グレーベージュのスプリングコートを羽織る。

カフェは会社のすぐ近くで、一度遠藤先輩とランチに行ったことがあった。

小さなイングリッシュカフェで、BLTサンドイッチと紅茶がとてもおいしかったと記憶している。

待ち合わせ時刻よりも少し早めに着くように向かったのは、忙しい柳江さんだから、こちらが余裕もって待っていたいと思ったから。

決して気持ちが急いたわけじゃない。

カフェの扉を開け店内を見回したけれど、当然彼はまだ来ていなかった。

待ち合わせよりも十五分も前に来たんじゃ、いくらなんでも早すぎだよね。

窓際の一番奥のテーブルにつくと、店員さんにもうすぐもう一人来るので注文はそれからでと断りを入れておく。

オフィス街のど真ん中に位置するこのカフェは大通りに面していて、窓の向うに目を向けると、サラリーマンが険しい表情で行き交っている中に時々学生らしき若い男女が楽し気に歩いている。

その表情はとても対照的だった。社会に出た途端抱えるものの重さが違ってくるからだろうか。

だけど、柳江さんはそんな険しい表情をしていなかったな。

まだ少年みたいな目で、柔らかい笑顔で、カメラを何よりも愛していて……。

窓に映りこんだ自分の顔が突如私の目の前にくっきりと浮かび上がる。

前髪のおくれ毛があっちこっちに飛んでいて、最近の仕事疲れがおでこに吹き出物が出ていた。その上、肌も乾燥しがちになっていて、時々かさつく頬にそっと手を当てる。

こんな顔で今から柳江さんに会うなんて、よくもまぁ化粧直しもせずここに来れたもんだわ。

腕時計に目を落とすと、既に待ち合わせ時間を五分過ぎていた。

もう来るよね。さすがに今トイレに化粧直しだなんて間に合わない。

まぁ、写真をもらうだけだから、そんなに顔をまじまじ観察されることもないか。

潔くあきらめ、椅子の背に息を吐きながらもたれた。