「はい、なんとか……」

急須に手早く茶葉を入れ、沸かした湯を入れる。

「なんとかって、やだ、森村、額の汗すごいじゃない!体調でも悪いの?」

額に手を当てると、痛みを堪えた冷や汗は思ったより吹き出ていた。

来客用の湯呑茶碗に煎茶を注ぎながら白状する。

「体調は悪くないんですが、今日下ろしたてのハイヒール履いてきちゃって」

「まさかの靴ズレ??」

「そのまさかです」

「ばっかだねー。ダメよ、今日に限って新調しちゃ」

「ほんと馬鹿です。後悔先に立たずです」

逆にそこまで言い放ってくれた遠藤先輩のお陰で、自分自身に喝が入った。

「お茶出してきます!」

「いつでも手伝えることあったら言ってよ」

彼女に肩をポンと叩かれ、私は笑顔で頷いた。

歩く度に痛む踵をにらみつけ、大きく息を吐く。

社長室に戻ると、カメラマンが撮影用にセッティングを進め、記者は社長と談笑している。

話の邪魔にならないよう、社長と記者の前にお茶をそっと置いた。

カメラマンさんの分は、どこに置くのがベストだろう。

お盆にお茶を乗せたまま、適当な場所はないか考えながら彼の行動を観察する。

最初の印象通り、彼はかなりの長身で、一八十cmは軽く超えてる。

年齢は一人で撮影に来るくらいだから、そこそこベテランなのだろうか。三十代?見た目はまだ、私とそれほど変わらなく見えるけど。

調和のとれた目鼻立ちは俗にいうイケメンの部類で、カメラを扱う指はとても長くて繊細だった。

はらりと切れ長の目元に被ってきた前髪を気にする様子も全くなく、一心に彼の目線はカメラに向けられている。

カメラが愛おしくてしょうがないような、そんなキラキラした目。

こんな素敵な人、彼女が一人や二人いても不思議じゃないけれど、きっとカメラが恋人なんだと感じた。

と、ふいに彼が顔を上げ、私と視線が合う。

思わず、お盆を持つ手が揺れ湯呑が軽くその上で滑る。

慌てて体制を整えるも、見とれていた自分に気づかれたかもしれない恥ずかしさでうつむくしかなかった。

「ひょっとしてそのお茶、俺のかな?」

彼の声が近づいてくる。

恐る恐る顔を上げると、彼は私の目の前で屈託ない笑顔を向けていた。

「俺も動き回ってるからどこに置けばいいのか迷ってたんだね。すみません、適当に頂くんで皆と同じテーブルに置いといて下さい」

全部お見通しだ。

「……はい」

私は頭を下げると、テーブルの端にその湯呑を置いた。

「遅ればせながら」

彼はそう言うと、黒い革ジャケットの内ポケットから名刺を取り出し私に手渡す。

私にまで?

真っ白な名刺には中央に、『フリーカメラマン 柳江 省吾(やなえ しょうご)』と記され、右下に小さく連絡先が載っていた。

「今日はよろしく」

彼はそう言って爽やかに微笑むと、再びカメラの方へ戻っていく。

柳江さん、っていうんだ。

お盆を胸にぎゅっと押し当てた。