桜の花びらのむこうの青

どうしてそんな危険だとわかってる場所に率先して行くの?

私に毎日メールするって約束したじゃない。そんな場所からメールなんてできっこないのわかってるのに。

どうして?

あれほど遠藤先輩から釘を刺されていたのに、彼に言いたくない言葉が次々と頭にあふれてくる。

言いたくないけれど、言いたい。言いたいけれど言えない。

下唇を噛みしめる。

「辛い思いをしている人がいる場所で、その現実をしっかりと自分の目で確かめ、その真実を世界に伝える。それが俺に課せられた使命だと思ってる。誰かがやらなくちゃいけないんだ」

わかってる。私だってそういう彼が好き。

なのに。

「省吾さんじゃなくたって……」

思わず言いかけて口をつぐむ。

彼は静かに優しい声で言った。

「初めて帆香に渡した一枚目の写真みたいな顔してる?」

こんな時に何言ってるだろう。

歯をぐっとくいしばり、涙を堪えた。そうだよ、その通りだよ。

靴ズレなんかより、ずっと痛い。

「笑ってる君が好きなのに、俺はだめだな」

私はこぼれ落ちた涙を相手に悟られないように拭った。

「心配なの。省吾さんが帰ってこないことが」

「帰ってくるよ」

「わからないじゃない?危険な場所なら何かあってもおかしくないでしょう?」

「帆香が待っててくれるなら、必ず帰る。約束する」

「そんな約束……」

「信じられない?」

「絶対はないもの……」

「そうだね、絶対なんてこの世の中に存在しない。でも、君が待ってる事実と俺が帰るっていう事実は俺が撮る写真以上に真実だ」

「訳がわからないわ。何いってんだか」

そう言いながら、いつの間にか笑ってる自分がいた。

それはとても不思議な感覚で、辛いはずなのに、幸せだった。

「だから俺を信じて待っていてほしい」

「私は待つだけ?」

少し意地悪な気持ちになる。

「俺のわがままだけど、もう少しだけお願いしたい」

私のそんな単純な思いをよそに、彼の信念は揺るぎなかった。

本当は、なんとなくわかってた。

省吾さんがどうして今までの仕事から報道の方へシフトしていったのかってこと。

あの桜の向うに見えた青空を撮った時から決めてたんだろう。

亡き友の意志を引き継ぐって。