桜の花びらのむこうの青

遠藤先輩が言うことには、いわゆる芸術系の仕事をしている人は常に自由じゃなきゃいけない。自由でいるからこそ芸術的発想は生み出されるわけで、束縛する相手を最も嫌う人種だと。だから、絶対に「自分と仕事、どちらが大事?」とか、「結婚」をにおわせうようなことを言おうものなら、速攻別れる羽目になるよと。

焼き鳥とビールを交互に口に入れながら、先輩の話を笑いながら聞いていた。

確かに、あり得る話だわ。

だけど、私は彼に一切そういうこと話を切り出したことはなかったから、彼がどういう反応をするかは正直わからない。

「実はさ、私もまだ二十代前半、年下のバンドマンと付き合ってたのよね」

遠藤先輩は遠い目をして頬杖をつく。

私も同じように頬杖をついて身を乗り出した。

「へー、バンドマン?意外だなぁ。イケイケじゃないですか」

「そうよ、その時は私もがんばって柄にもなく髪の毛赤茶に染めたり、穴あきジーンズ履いたり、そりゃ大変だったわよ。しかも彼はお金がないから、食事に行くのも何をするのも私が払ってた」

「でも、好きだったんですか?」

「うん。お金はないんだけど、夢だけはがっつり抱えてて私に熱く語るわけよ。プロとしてやっていかなければ野垂れ死ぬ覚悟だなんて言われたらさー、なんだか一本筋の通った男気感じちゃって、ますますのめり込んだわ。そこらへんにいるインテリだけど仕事の愚痴ばっかいってる男どもばかり見てたから新鮮だったわけよ」

うんうん、わかるような気がする。

「でもさ、やっぱり年齢を重ねていくと、自分の身の落ち着きどころも考えるようになってきて、このまま彼と付き合った先に自分の幸せはあるのかなーって。で、思い切って結婚ってフレーズを口にしちゃったら……」

「しちゃったら?」

「どっかーん!よ」

先輩が大きく手を広げて見せた。

思わず吹き出して尋ねる。

「どっかーん!って何ですか?」

「今の俺にはまだお前を幸せにできる自信ない、だって!もっと早く言えよってぇ」

そう言って遠藤先輩は笑いながら残ったビールを飲み干した。

「そういうタイプと幸せになるにはこちらも相当な覚悟と根性がいるわ。森村は大丈夫?」

省吾さんは、そういうタイプなんだろうか。

芸術家であることは間違いないけれど、皆が皆そうだとしたら、私はそんな彼と共に生きていく覚悟はある?

自問自答してみるも、すぐには答えは出ない。

「大好きなうちは答えは出ないよね」

遠藤先輩はカラカラと笑い、私の肩をぐっと引き寄せると真面目な顔で言った。

「森村は根性だけはある人間だと私が保証する。この人だって思うならどこまでも食いついていきなよ」

「どうだかー?」

私は遠藤先輩から視線を逸らすと、少し笑って焼き鳥にかぶりつく。

「まぁ、芸術系男子全員が全員私の元カレみたいなタイプかどうかはわからないし、森村の彼がそうでないことを祈ってるわ」

先輩は大きな口を開けて笑いながら私の背中をポンポンと叩いた。

本当に調子いいんだから。

でも、先輩と話しているうちに、モヤモヤしていた気持ちが少し吹っ切れたような気がした。